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2009年1月

DVの後遺症

病名が変わりました

C-PTSD(Complex post-traumatic stress disorder)

単純性PTSDは戦争や震災、事故等から起こるもので

複雑性PTSD(C-PTSD)はDV被害やレイプ等によって起因するそうです。

と、そのくたびれた年配の女医さんは言っていました(笑)

診察室に入って第一声が

裁判は断然にあんたが有利なんだから頑張りなさい!

ちょっとびっくりしました^^;

その後も女医さんからの裁判に対する意気込みやアドバイス(?)は延々と続き・・・

子供をちゃんと育てられるってあたしが書いてあげるからね!!(`・∞・´)フンッ

あ、ありがとうございます(;´▽`A``

あの~、、、受診しに来たんですが、、、

ま、大まかな事はカウンセラーから聞いているようで、私からの説明はほんのちょびっとでした^^;

早く裁判をやりなさい!とか

裁判で相手は自分の事を棚に上げてあらゆる嘘で酷い事を言ってくるから気持ちを強く持たなければ駄目だ!とか

だから元気になりなさい!と言われました

なんだかな~^^; この先生でいいのかしら?(苦笑)

女医さんは私の経済力も考慮してくださって(自分からは何も言ってないのですがw)

カウンセリングのお金も大変だろうから保険適用でやってあげるから!って言ってくれました

通常7000円の所を1300円にしてくださるそうです

えらい違い!!(゚ロ゚屮)屮

その代わり時間も半分になるそうですが、貧乏な私にとっては助かりますw

因みにEMDRは訴訟中には効かないらしいので見送りです。

お薬はSSRIのセロトニンを増やす効果のあるものを出してくれました

セロトニンが上昇してくると、不安が解消されたり、意欲が出てきたり、気分が穏やかに安定してくるそうです。

なんか疲れた~^^;

モラ夫の事は聞く余裕はありませんでしたが、女医さんがこんな事を言っていました

「この人(夫)は自分の子供も虐待するよ」

超不安( ̄ロ ̄lll)

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私の顔

長女が言った。

パンパースのCMのお母さんの笑顔

この人ママにそっくり~

ああ、私はこんな顔して笑っていたんだ。。

外に出れば必ず赤ちゃんに出会う

この辺は多いのかな?

赤ちゃんを見るとどうしても長男君とかぶらせてしまう

同じくらいかな

元気かな

本当なら私もこうやって当たり前のように抱っこしてるのにな

悲しい気持ちになるのに目が追ってしまう

その見知らぬ赤ちゃんも私を見てる

ただじっと見てる。。。

そんな日々だったけど、この前見知らぬ赤ちゃんと目が合った時に微笑んでみました

赤ちゃんも笑顔を見せてくれました

なんだかとても嬉しかった

教訓 「いつでも微笑を」

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病院へ

明日、病院へ行くことになりました

先週カウンセリングをしてくださった臨床心理士さんから次の日に電話をもらいました

病院のほうの予約はいっぱいで早くて3月中旬との話でしたが

先生のお昼時間を削って時間をつくり診てくださるとのことで明日になりました

緊急を要するほど末期なのか^^;

でも助かります

この前の夢といい、頭痛といい、安定剤がなければやってられない。。

昨日、頭痛で検索してみました

全般性不安性障害

慢性の不安とそれに伴う身体症状が長く続くのが特徴(基準は6ヶ月以上)

原因は精神的ショック、心配事、悩み、ストレス

症状は慢性的な不安、過敏、緊張、イライラ、集中困難などの精神症状と

首や肩の凝り、頭痛、動悸、震え、息苦しさ、めまい、下痢、不眠、疲れやすいなどの身体症状

吐き気が含まれていないけど、殆んど当てはまっている。(´-ω-`)

まだそうとは決まっていないけど、ひょっとしたら先日のカウンセリングで早く受診しなければいけない何かがあるのでしょう

モラ夫が言う精神異常者ではなく

モラ夫のせいでなった病気だって証明にもなる

初診は2時間掛けて診てくれるそうです

時間を掛けて診てくれる先生は良い先生なんですって

家族からの相談も受けているようだから夫の人格障害のことも聞いてみたいと思っています

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モラは一生気付かない

昨日は朝から頭痛と吐き気がしていました

それでも頑張って仕事に行きました

いつものように元気なふりして愛想笑い

人と話す時は笑顔で接するようにしています

でもやっぱり何度か目の前が真っ暗になるくらい立ち眩み。

私が働いてる所は、いわゆるレストランで多国籍料理を提供しています

造りも少しお洒落にしていて連日ランチは奥様方で賑わっています

今日も2時までウエイティング(待ってるお客さん)が途切れず忙しかった

私はキッチンで働いていますが

最近はパントリーといってデザートやドリンクを担当する場所になる事が多いです

この場所は一人でやらなければなりません

世間的に給料日の後は、デザートを頼む人がやたらと多くなり一人大忙しです^^;

そして2時を過ぎるとパートのおばさん(私もおばさんだけどw)が数名帰ってしまうので、キッチンの仕事に戻ります

お料理を提供しながら洗い物をしたり、夜の仕込みをしたり。。

クラクラしながらも黙々と仕事をしていたら社員のHさんが声を掛けてくれました

○○さん、大丈夫?

具合の悪い素振りは見せていません

他の人は気づきません

私は笑顔で「はい」と答えました

その1時間後、洗い物をしてたらまた立ち眩み

ま、いつもの事なので頑張っていました

そしたらまたHさんが、大丈夫?と声を掛けてくれました

すっごい!何で分かるの?私は背中を向けていたのに。

本当に人には悟られないようにしているのでびっくり

聞いてみたら、昔から感覚で分かるんですって

そんな時モラ夫は、仮病だろっ!頭がおかしいんじゃないか?って言ってたよ。(ノ_-。)

そのHさんには3人の子供が居て、一番下の子は長男君と同じ月齢

アレルギーのある子供に乳製品を使わないケーキを作ったり、良いパパさんです

他のパートさんは皆、その人が社員の中で一番怖いと恐れています

でも私はHさんが一番話しやすく、仕事も一番きちんとしていて尊敬します

他の社員はサボっていたり、人の悪口を平気で言ったり、気分で態度が変わったり、あからさまに目上に媚売ったりしていて人として好きになれません

実際、料理をしている人はそんな人が多いのも事実です

調理場はあまり良い職場ではないですよ。(〃´ノェ`)コッチョリ

以前のセクハラもHさんに相談して助けてもらいました

仕事に対しては厳しく妥協は許しませんが、そのかわりきちんと仕事をしていればちゃんと評価してくれます

そんなHさんに私みたいな事になったらどうしますか?と聞いてみました

俺だったら子供全員渡すな

でーすーよーねー

ま、モラ夫はどうせ 「おまえがちゃんとした母親だったら」とか難癖つけるんだろうけど(´-ω-`)

今まで結婚した全ての嫁を異常者呼ばわりするって

誰が見ても夫が異常ですよね

誰か教えてあげてください

貴方がおかしいですよ。って

教訓 「給料日後のデザートは奥様のご褒美」w

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苦しい心境から

昨日、赤ちゃんが死んでしまう夢をみました。。

とても生生しく、

今でも鮮明に覚えています。。

ぐったりとしている息子を見てすぐに抱き上げました

息子が寝ていたところには死汁というんでしょうか

黄色い染みがついていました・・・

私は泣き叫び、息子を揺さぶりました

○○!○○!!

その時、息子の左手が私の右の頬を触れました

ママ、泣かないで

そう言ってるようでした。。

尋常ではない汗と共に泣きながら目が覚めました

とてつもない不安が押し寄せてきます

その夢を思い出すだけで涙がでます。。

これは夢だ。夢なんだ。

わかってはいても辛いです

心配で夫にメールしました

赤ちゃんは元気ですか?  と。

返事はありません。。

実は最近、自分の心が折れていました

その不安を消す為に毎日ブログを書いています

辛い、不安でどうしようもないなどの泣き言は実生活では言えません

心配をさせてはいけないので泣くことすらできません

自分に負けるな!!

そう自分に言い聞かせています。。。

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子供を取り戻す方法

朝から晩まで文献を調べていると目がチカチカします(@Д@;

子の監護に関する処分

私なりに大分理解し、自分なりにまとめました。

まず取り戻す方法としては「家事審判法」(家審9条1項乙類4号)

調停や審判で監護権の指定を申立てる。合わせて子の引渡しを申立てる

(既に離婚が成立していて親権者でない場合は親権者変更の申立ても必要)

離婚手続きと併行して子の引渡しを要求できます

家事事件は調停前置主義ですが、この処分に関しては緊急性を伴うものもあるのでいきなり審判を申立てるのも可能です(私もそうでした)

そして審判前の保全処分

判決までに時間が掛かることから最終の判決を保全し、審判が出る前に仮に引渡せと命令を出してくれる制度です。これには執行力があります

とはいえ、任意で引渡してくれればいいのですがなかなか素直に従う人は居ません

そこで判決や決定に従わない場合、人身保護法で請求します

人身保護法は不当に奪われた人身の自由の回復を目的とする法律です

つまり、判決や決定に従わないということはこれに当たります

そして意思能力のない幼児(小学前の子)が奪われている場合も当てはまります

意思能力のない幼児、つまり子供の自由意志でそこに居る訳ではないので「不当に奪われた身」と判断されるのです

離婚後、親権者でない者が勝手に幼児を連れ去った場合や、別居中に片方の親権者が幼児を連れ去り権限もなしに拘束している場合、人身保護が適用されます

法的に正当な手続きもせず顕著な違法性となるのですね

この人身保護法は迅速に容易に回復せしめることが目的とされています

請求があったら一週間以内に審問が開かれ、判決は審問終結の日から5日以内にすることとされています

拘束者に対し、子供を一緒に出頭させることを命じ判決と共に引渡されることとなります

これに従わない場合、勾引や勾留を行ないます

そして判決に従わない場合、2年以下の懲役もしくは5万円以下の罰金と刑罰が科せられます

過去の判例なんかを見ると子の福祉と利益の観点から判決が出されるようです

私が受けた印象としては請求者に対し拘束者の監護が有意なものかで判断されるようです

子への愛情、生活環境、監護開始の不当性を踏まえ、現監護と請求者の下での監護と比較して子の利益が後者に比べて前者のほうが上回る事が積極的に認められない限り子の引渡しを容認すべきであるとされています

差異がないとなれば、引渡しの判決が出ているようですね

尚、現在良好な養育環境の下であることは判断を左右しないとされています

経済的なものは両親が援助してくれたり、養育費の支払い等で補われる為、重要視されてないようです

私の場合、事件本人が乳児であり母親が不可欠であること

別居中ではあるが、その監護が合意でされているものではなく子の意志によらず不当に拘束されていること

子供への愛情には差異がないこと

生活環境から見ても援助者が居るなど子の福祉の観点から総合的に判断しても子の幸福が夫の下に居るより上回るというのが明白であることが言えます

まとめ

たとえ親権者であってもその監護が法的手続きによらず不当なもので子の自由意志でない時は人身保護が適用できる

法令の定める方式や手続きに著しく違反していることが顕著である場合も適用できる

平穏に暮している他方から子を連れ去った場合、誘拐や未成年者略取罪に問われることもある

愛情が深くても、子の福祉や利益から見て判断される

「自分と居るほうが子供は幸せなんだ」と思うのは、その親の勝手な解釈であり子供の気持ちを無視した自己満足に過ぎないといえるでしょう

ともあれ、人身保護を適用してまで子供を奪い合わなければならない事はとても悲しいことですね

しかし、意思能力のない子供が親の勝手な紛争に巻き込まれている一番の被害者だということを忘れてはいけないと思います

以上、これは私の個人的な解釈であります。

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たしかなこと

私達は愛し合って結婚した

愛し合っていたから長男が生まれた

いつも一緒に居た

毎日手を繋いで歩いた

一生守ると言ってくれた

一緒に流れ星を見た

永遠の愛を誓った

辛かったこともあった

幸せだと思うこともあった

ずっと傍に居てくれると信じていた

ずっと傍に居たいと思っていた

もう独りじゃないんだって思っていた

辛いことも楽しいことも二人で分け合って生きて行くんだって思っていた

これからの人生にあなたの居ない生活なんて考えられなかった

あなたを信じていた・・・

たしかなこと

もう戻れないということ

前を向いて生きて行かなければいけないこと

ありがとう

そしてさようなら。。。

画面右側が切れてる( ▽|||) 

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裁判所の事務官

調停より先に審判が始まってその事務官と会いました。

強面でぶっきらぼう

そんな印象でした

「ああ、○○さんね。こっちに来てこれ書いて」

指図するような感じ。

次に夫が来て

「○○さんですね~。ご苦労様です。こちらへどうぞ~」

ご苦労様ですぅ~? 私の方が苦労して来てるんですけど?!

明らかに態度が違う (# ゚Д゚) ムッカー

夫は私より13歳年上で堂々としていて人当たりも良く見えますが、私はオドオドして頼りなく見えます。

年上や格上には腰が低く、格下には強い典型的なタイプとみました

嫌な感じって思いました

次に会ったのがその1週間後

調停で、次回の調停の期日を決める時に同席してきました

調査官と調停員さんとで期日を決め、皆がメモを取っていました

私は特に書かず、当然のように暗記していたのですがその事務官が

「あんたも書きなさい!最初みたいに手紙で送らないんだよ!」

と怒鳴ってきました

私は ビクッ!として急いでメモしました

正直、怖かったです

更に嫌な感じに思いました

私は今後、更に不快な思いをさせられたらこの事務官を訴えようかとも真剣に思いました。

そして先週の調停でまた会いました

調停の席には居ません

次回期日を決める時に調停員さんが呼びます

私はビクビクしていました

怒られる前に携帯を取り出し、メモの用意(忘れるはずもないから必要ないのですが)

時間も今回と同じでいいですね?と調停員さんから聞かれました

私は(地獄の満員電車の件もあったのと)この時間だと朝、子供を残して来なければならないのでもう30分遅らせてもらうか午後にして下さいと言いました

すると女性の調停員さんが、午後だと逆に二女が学校から帰ってきちゃうから無理なんじゃない?って言いました

はぁ~~~~?

ぢゃあ何かい?私の娘なら一人置いて来てもいいって言うんですか?!

大体片道の時間だけで夫より3倍掛かってるんですよ!

赤ちゃんを平気で他人に預けて来てるんだから二女だって預けられるでしょ!

場所や距離、一切の事情を考慮するべきなのでは?

と、言いたかったけど

その時事務官が

「旦那の方を先にやれば、奥さんは30分遅れても問題無いんじゃないですか?」

って言ってくれました w(゚o゚)w

その口調も気のせいか優しい。。

審判の事務官

調査官からの調査は随時入っているとのこと

夫の惨忍さが判ったのか、審判が私寄りなのか。。

少し、審判に良い感触を受けました^^

夫と会わないように今まで30分早く来ていたので実際は1時間遅く家を出られる事になりましたw

教訓 「人は見掛けで判断する」

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弁護士との話

先週の調停で調査官に、今までの給与明細と源泉徴収票を提出して下さいと言われていました

一応、審判に関係する物なので弁護士に調停の報告とその事で電話しました

まず、調査官の名前が変わった名前で、実際どんな字を書くのか分からなかったので聞きました

すると、僕も分かりませんw と笑って言いましたε-( ̄ヘ ̄)┌ ダミダコリャ…

カタカナでいいんぢゃない?

だって。。^^;

調査が終わったので判決がもうすぐあると思います。と伝えました

判決の時はどうすれば?と聞くと

「僕が判決の日に電話して聞くだけです」

へ? そーなの?

誰も居なくてもいいんですって

聞いたら連絡しますだって

そんなもんなんですかー。。なんだか拍子抜け ○|_| ̄ =3 ズコー

ま、交通費が掛からないからいっかww

すると弁護士

「裁判官からもう一度呼び出されると思いますけどね」

なんだ~よ~ぉ (byチューヤン)←それ自体が懐かしいw

もーー

どうせまた「気持ちは変わりませんね」とかの確認だけでしょ~

もういいって(´-ω-`)

遠方なんだから電話とかで考慮して欲しいわ。。

訴訟についても少し尋ねてみました

埼玉で起こせますよね?

「起こせるけど移送されると思いますよ」

即時抗告とか訴訟を最近少し勉強している私は弁護士の話もすぐ理解できるようになりましたw

静岡の裁判所に移されるという事です

え?誰でも解る?

で~す~よ~ね~~(´-ω-`)

が~しかし!

これも即時抗告ができるんだな ォーホッホー(´0ノ`o)ォーホッホー

ま、長男があっちに居る間は難しいですけどね。(´・ω・`)ショボーン

実は今やっている家裁は金曜日しか開廷していません

誰も居ない判決も ((もちろん)) 金曜日にやるそうです

誰も行く必要がなければ他の日でもいいのでは?

と思うのは私だけ?

裁判官と事務官の二人でやるのかしら?

そんな場面をちょっと覗きたくなる好奇心旺盛な35歳でした(笑)

|∀・)

教訓 「審判は寝て待て」w

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離婚訴訟と即時抗告

新しいカテゴリーを追加しました。

まさか自分が裁判をやるだなんて思いませんでした

当然、そんな事を考えて結婚する人なんて居ませんけどね

裁判離婚は離婚全体の1%だそうです

もっと多いような気がしますけど・・

そしてその裁判の多くが夫婦の罵りあいなんですって。

そんな醜い、くだらない争いを1~2年の期間掛けてやると思うと・・・

はぁー

溜息が出ます。。

でも私は親権、、、子供と一緒に暮らす為にはそれをやらなければならない!

本音を言えば親権は二の次

とにかく子供を私の手元に戻す事が一番大事

子供さえ傍に居れば離婚だって親権争いだってのらりくらりやってくれて構わない

審判の結果によっては夫が即時抗告をするでしょう

いや、私がしないという保障も無い。。

だから訴訟と即時抗告とを片っ端から検索して勉強しています

夫は最高裁まで戦うと言っていました

審判が一審、即時抗告で高裁となり二審

更に特別抗告か許可抗告で最高裁が三審

即時抗告をし、高裁の結審までの期間は1~2ヶ月のようです(絶対ではないと思いますが)

そして最高裁への抗告(不服申し立て)は憲法違反や判例違反が認められない限り困難だそうです

三審(振)だけに アウト~♪(もはやオヤジギャグ^^;)

納得が行かない!だけでは上訴は出来ないという事ですね。

だから子の引渡しが確定するまで長くてもあと2~3ヶ月といった所でしょうか

裁判を平行させるか、それとも審判の行く末を見守るか・・・

教訓 「我慢も裁判も期間限定」

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セッション1

カウンセリングに行って来ました。

PTSDの治療です

感想は・・・・・・・

7000円払って、50分間ただ話しを聞いてもらっただけ

・・・のような。。

ほぼ1時間近く泣きっぱなしの私でしたけど^^;

実は正確には1時間15分掛かりましたが、延長料金は取られませんでしたw

良心的♪

担当してくださった臨床心理士(カウンセラー)はそこのカウンセリングの責任者でした

そこには女性カウンセラーが数人居ますが、PTSDを専門としているのはその方(男性)しか居ないらしく、まず1度カウンセリングしてみましょうという事になったのです

そこは閑静な住宅街の中に在って大きな一軒家みたいな感じの所でした。

2Fに上がり、長い渡り廊下の1番奥の部屋に案内されました

丸いテーブルを挟んで椅子が2つ

カウンセラーと対面に座ってのお話。。

話し終わってカウンセラーが、やはり私には女性のカウンセラーのほうがいいと言いました

ずっと体が硬直していたそうです

PTSDの治療に効果的なEMDRという療法があります

そこではその男性カウンセラーしかできないので別のカウンセリングルーム(EMDR療法ができ、DVを受けた人も複数診てる女性)を紹介してくれる事になりました

それから投薬も必要だと言われました

そこは病院とカウンセリングが併設しているので受診して投薬

別の場所でカウンセリングと、両方で治療していくことになりました

そのカウンセラー曰く、PTSDはお薬で治りません

しかし私の場合はお薬で症状を抑えて、そしてカウンセリングで治していくといった治療がいいとアドバイスしてくれました

病院の先生は予約でいっぱいで、早くて3月の中旬に予約が取れるとのこと

ミ(ノ_ _)ノ=3 ドテッ!!   

随分先なのね~^^;

教訓 「お金の価値は気持ち次第」

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審判決定へカウントダウン

5・・・・・・

4・・・・・・

3・・・・・・

離婚や別居、DVなんかは世の中にはゴロゴロあっていくらでも情報が入る

でも、子の引渡し審判や審判前の保全処分を検索しても

((やり方))は知る事はできても、事例が殆んど無い。

私が登録しているブログ村でも、教えてgooでも見ない

判例で多少あっても古かったり事情も違っていたり。。

この審判自体が稀なのかな?

そりゃそーだよね

普通なら母親の所に子供は居る。。

母親の下にいる子供を父親が保全処分を申立てて・・・なんてよっぽど暴力的な母親でない限り有り得ないものね。

そんな稀な審判と保全処分の決定までカウントダウンとなりました。

二回目の調停で審判の調査をしている調査官からのお話でした

「審判の方が気になっていると思うので、まずお話しておきますね。」

「調査は今日で終わりです。まとめあげて来週には裁判官に調査書を提出します。」

「後は裁判官がどうするか決めるのでもう暫くお待ちください。」

審判を申立ててから3ヶ月

やっと調査が終わるのね。。

もうすぐだ。もうすぐ○君に会える!

と、調査官が続けました

「仮に審判があなたに決まっても、旦那さんは渡さないと言っています」

・・・・・・・・・・・・・・・・・え?

何ですって??!Σ(`0´*)

ではなく、やっぱりね。。。(´-ω-`)

「高裁まで戦うと強い意志を示しています。どうされますか?」

「夫は審判が決まっても、素直に従うような人ではないと初めから分かっていました」

「従わないのなら人身保護を適用する構えです」

ほらね。そうゆう人なんですよ。

調査をして出された決定を真摯に受け止めて欲しいものだ

というか、判決なんて従わねー なんて堂々と言ってるのって審判事体を侮辱してる言動と思わないのかしら?

なんでも有りですか?

だったら審判なんて制度はいらないのでは?

そして調査官

「逆に旦那さんに決まった場合、あなたはどうしますか?」

・・・・・・・

私は一瞬言葉を詰まらせました

だって、審判は私に決まるって信じていたし

そんな事は考えていなかった。。

審判の決定には従うと普通に考えていた

しかし、相手は調査官

私の発言が審判にどう左右されるか判らない・・・

そこまでの子供に対する強い意志が無い人と採られてもいけない

私は 「戦います」 と焦って言ってしまいました

帰ってから後悔しました

これぢゃあ夫と一緒ではないか。。

「答えられません。今は考えていません」 とでも言っておくべきだったのかも知れない

実際そうなんだし。

後悔してももう遅い。。言ってしまったものはしょうがないと思うしかない

調停でも訴訟を起こす気持ちは伝えた

もちろん争点は親権

審判で監護が決まれば裁判の親権もスムーズに私に決まるでしょう

しかし逆の場合の審判だったら難しい・・

それから夫が審判に従わず抵抗を続けた場合

養育している既成事実が長引けば審判が覆される判例もあった

でもそれでも妻に親権が行く判例が近年にあった

裁判官次第

全てそこなのでしょうね。。

私は夫が審判に素直に従うような人でない事は重々わかっていました

だからこそ保全処分が重要だと考えていました

審判の判決は不服を申立てればその効力は失われる

しかし保全処分は執行力がある

夫が不服を申立てても執行できるのです

本来、審判前の保全処分とは

審判の判決を待っていたのでは時間が掛かる為、最終の強制執行を保全し急迫の危険を防止するための仮の処分

迅速に暫定的に行なわなければならない

なのに保全と審判が同時に言い渡される事のほうが多いそうです

弁護士連合会の意見書は私の意見を代弁してくれているかのようで素晴らしい

暇だったら読んでみてください(19ページと20ページ)

http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/report/data/080717_2.pdf

ともあれ、判決が出るまでもうそんなに遠くはない

やっと1つ区切りがつくかな。。

教訓 「人の振り見て我が振り直そう」

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調停。2回目

二回目の調停に行って来ました。

まず・・・・・・・

死にそうでした

通勤ラッシュ!!

あっち潰され、こっち潰され、斜めになり~の、くの字になり~のヽ(;´Д`ヽ)(ノ;´Д`)ノ

内臓が飛び出るんぢゃないかって思うくらい。。。(@Д@;

あんなのを毎日体験しているお父さん達は偉い!w

で、なんとか生きて家裁到着w

今日は家裁も混んでいました

狭い待合室に女性3名、男性1名

・・女性専用の待合室ぢゃないの??

と、すると申立て人用待合室?

どうでもいいけど、男性と二人っきりになるのが苦痛な人も居るって事をもう少し配慮して欲しいと思った今日この頃です。

他の女性が次々と呼ばれ、その男性と二人っきりの密室になった時は心臓バクバクでした。。

で、開始時間から15分後やっと呼ばれて調停室へ。。

前回と一緒で男女の調停員さんと調査官が居ました

まず調査官から話がありましたが、長くなるので別で書きます。

そして調停員さんと私の遣り取りです

「赤ちゃんは今どれくらいになりましたか?」

「9ヶ月です」

「可愛い盛りですね。どのくらい会っていませんか?」

「もう、、半年になります。。別居したのが3ヶ月の時でしたから。。」

「それじゃあ心配ですね」

当たり前だ!毎日考えない日はありません

赤ちゃんと引き離された母親の気持ちがわかりますか?

私は黙って泣いてしまいました

調停員さんは続けました

「旦那さんからコンタクトはありますか?」

「夫からは全くありません。私から何度も子供は元気ですかとメールをしてもあまり返事がありません」

「夫は元気ですか?と一言入れると返事が来ます」

「そうですか。」

「離婚する意志は変わりませんか?」

と聞かれました

あのう・・・

変わるとか変わらないの問題ではないと思いますが。。(´-ω-`)

DVや子供を虐待する人と元に戻れとでも?

その後、夫にも確認してたみたいです

よっぽど、話合いのネタがないのでしょう

そんな事はこちらも重々承知で来ております。

それから子供の親権についてです

「親権を持つ気持ちも変わりませんか?」

「相手も譲らないと言ったら、もう調停ではどうする事も出来ません」

「調停が不調となった場合、訴訟を起こして裁判で決着つけるか考えといて下さい」

「親権についても気持ちに変わりはありません。」

「元々、裁判まで行くのは想定内でしたので訴訟を起こします。」

これもまた夫に同じ質問をして、回答も私と一緒という事でした。

それから今回、付随して申立てた婚姻費用分担の件です

夫は、働かずに子育てに専念しているから収入はゼロだと言ったそうです。。

はぁ~~~~~~???

働かずに子育てに専念してる~?!

何年も前から無職だろっ!(`Д´)

長男の育児も手伝わなかったくせに、ここぞとばかりに調子の良い事を言っちゃってる~

兎に角、収入が無いから無い袖は振れないみたいなニュアンスで言ってるようです

ほんっと最悪!(-゛-メ)

カチ~ン!と来た私は言いました

「夫は私が知ってる限りずっと無職です。しかし、私と別居をしてから高級外車を2台買い、庭の工事もして軽く1000万は使っています。」

「それなのに私と娘の生活費を払う余裕は無いと言いました」

「逆に、お金が無くて頼る身内も無く、無職でどうやって子供を養って生活していくのでしょうか?疑問ですね~」

これには調停員さんも、そうですねとしか言えません

そして、

「収入が無ければ調停では判断できないので審判で決めてもらいましょう」

「審判でももらえるかどうかは判りませんが・・」

と、言いました。

私はそれで結構ですと言いました

お金なんて本当はどうでもいいんです。

誠意がある人はきちんと払っています。ようはそこです

それと、子供の監護を無職でお金が無い人に任せられるのか?という調査官の心証にもなると思ったのです

30分で私の話は終わり、夫と交代

夫のほうも同じ質問だったらしく30分で終了

調停員さんから

「審判の方はまだ決まってませんが、お互い離婚には同意してても親権を譲る気持ちが無いので調停としては不調となります」

「次回、もう1度だけ調停をしてみましょう。それでも変わらないようなら調停不成立となります」

「分かりました」

「協議をした時点で調停で決着が付かないのは予想していました。」

「審判で監護権が私になると信じています。そしてその決定で夫の考えが変わればと願っています」

「私は裁判なんて望んでいません。できればそんな事をせず子供の為にも和解して欲しいと思っています」

「ご主人もまったく同じ事を仰ってましたよ」^^

変な所で意見の合う私達^^;

これが違う所で意見が合えばもっといいのにね~

(。´・ω・)(・ω・`。)ネー

最後に調停員さんはこう言いました

「旦那さんが、子供に会いたかったらいつでも会わせますって言ってましたよ」

私はそんなの嘘ですっ!と言いました

私が子供に会いたいとメールをしても無視していたこと

今回も前回も他人に預けて連れて来なかったこと

義父が亡くなった時も知らせず、私に子供を会わせたくないから迷惑を掛けてでも他人に世話を頼んでいたこと

写真を送ってって頼んでも全く送ってくれないこと

会わせようと思っている人の行動ではない事を話しました

二女の母親のこともです

今まで全く会わせなかったのに、私達の審判が始まったら急に会わせる

と言うか、本当に会わせたのかどうかなんて分かりませんけどね。

体裁です。  と言ってやりました

本当に調子のいい事ばかり言ってるだけでキチンとせず腹が立ちます

調停員さんは、そのメールはとっておいたほうがいいですよ。と言ってくれました

もちろんそうします

こうして二回目の調停は終わりました

ちなみに慰謝料の話は出ませんでした

そこまで持っていきようが無いのでしょう

これ以上の進展は望めず、事実上調停不成立ですが

調停員さんは、私達の「裁判はしたくない、和解できれば・・」という言葉を聞き最後の最後に期待したいそうです

審判の結果を受け、どちらかの気持ちに変化が現れるようにと・・・

ま、無駄な交通費が掛かる事になるって既に悟っている私でした。。(´-ω-`)

次回、3月の初めです

もう、訴訟の準備をしておいたほうがいいのでしょうかね・・・?

教訓 「ものは言いよう」

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不思議な出来事 ~生霊~

引越してから壊れる物はなく、逆に夫と私とで新しく買う物ばかり

窓もいっぱいあって1日中お日様があたる気持ちの良い家でした

広くてお掃除は大変だったけど^^;

義母は引越しの1ヶ月ちょっと前に検査入院しました

その数日前は自分で歩き、夫と私と両親と4人で外食をするくらい元気でした

それが入院して寝たきりになってしまいました。。

引っ越す時には もって一週間と主治医から言われていました

私達が引越した翌日、夫は電車で東京の病院に行き、寝たままの母を民間の救急車両に乗せて連れて帰ってきました

ほんの1ヶ月程しか経っていないのに、義母は別人のようにやつれていました

義母はとても綺麗な人で、色白で肌も綺麗でした

すっぴんでも充分綺麗なのに、やっぱり女性ですね

素顔は見せたくないからと、私は1度も病室には行けませんでした

しかし同居となれば別!そんな状況でもなかったからお互い素顔を見せました

前にも書きましたが、義母は末期癌で感染症の疑いもあったため私は必要以上に近づくなと夫から言われていました

消毒液や使い捨て手袋、、夫はお腹の子にうつらないように物凄く気をつかっていました

本当なら一緒に台所にも立ちたかったし、色んな話もしたかったです

一緒に暮した1ヶ月弱、毎日食事を運ぶがてら顔は見に行っていましたが一言二言の会話だけしかできませんでした

義母は苦しそうにしながらも笑顔で話してくれました。

もう食事も殆んど食べられなくなってきた頃

夫は夜中も見舞っていて、義母と話をしていた時のこと

義母が 「あなたの奥さん、そこに来てるわよ」 と言ったそうです

義母によると、私が義母の寝ているベッドの足元のほうに立って居るそうです

心配そうな顔で見ていると・・

( ▽|||) これを聞いた時は我ながら鳥肌

夫は、 死ぬ前だから色んなものが見えるんだろう

なんてサラっと言ってたけど。。。

怖かったよ~゚.+:。(pωq)゚.+:。エーン

もちろん私はその時、その時間、寝室で爆睡

い・・・・生霊??????.。.:*・゚☆.。.:*・゚"£(。・"・)-†パタパタ

その出来事の数日後です

朝、起きてからしばらくはボーっとしないと活動できない私

寝起きで義母の所へ行くことなんて今までありませんでした

が、その日に限って(お義母さんの所へ行かなきゃ)って思ったのです

両親のリビングにはお手伝いさんが居ました

おはようございますと挨拶をして義母の寝室へ

二日前から昏睡状態でした

義父は隣のベッドでまだ寝ていました

義母のベッドの横に座り、手を握りました

そして苦しそうに呼吸をしている義母に心で話かけました

(お義母様、、お義父様と○○さん(夫)の事は私がちゃんと面倒を見て行きますから安心してくださいね。心配しないで。もう、、、頑張らなくていいんですよ。。)

はっきりとは覚えていませんが、こんなような事を話したのです

話終わったとき、突然義母の呼吸が乱れました

「お義母さん!!」

もう危ない!ってすぐ悟った私は、お手伝いさんに義父を起こすように言い、38週の体で階段をジャンプし、寝ている夫の所まで走りました。距離にして20mくらい

○○さん!起きて!お義母さんが!

いつも起きない夫が飛び起き、二人で義母のもとへ駆けつけました

そしてその1~2分後義母は亡くなりました。。。

私は最後に義母に呼ばれたのかもしれない・・・

後に夫とこのことを話ました

夫は、

「俺はママにガンバレ!ガンバレ!って言って来た。。ラブちゃんが、頑張らなくていいんだよって言ってくれてママも安心したんだろう。。」

夫は義母が亡くなっても涙を見せませんでした

きっと、誰にも見られない所では泣いていたのだろうと思います

私はずっと泣いていました (ごめんね、、、、旦那ちゃん)

葬儀が終わってから、私は餡子にとり付かれました

義母が餡子の大好きな人だったのです

その後も義母の気配を感じていました。特にお風呂場で。。

嫌な感じではなく、居るって感じです(うまく言えません)

夫にも言いました。 「お義母さん、居るよ」って。

長男もどっか向いて笑っていたりしました

いつだっただろう。。その気配はすっと感じなくなりました

そして私の餡子に対する欲求も無くなりました。。

別居前、位牌に毎日手を合わせ心の内を話していました

もう限界ですって話もしました。そして謝りました

最後にお義母さんとした約束を守れそうにないこと。。。

別居後、もうひとつ不思議な事がありました

調停で返してもらった私のパソコン

家に帰り、立ち上げてみると入っているはずのデーターが削除されていました

結婚前の写真、結婚当日の写真、結婚後家族が写っている写真

夫とのメール、、、それら全て消されていました

私がパソコンを返して欲しいと言ったので、夫が証拠を消すために削除したのだろうと激しく怒りが込み上がりました

なんとかパソコンをいじって過去の復旧ができました

しかし、データーはすっぽり取り除かれて空っぽのフォルダが戻っただけでした

と、同時に過去パソコンをいじった日にちが解りました

義母が亡くなった日。。。。

正確に言えば亡くなる数時間前。。深夜から早朝にかけてです

夫はそんな時に何故?

寝ずに義母の傍についていたのだとばかり・・・なんだか怖くなりました

夫に何があったかはわかりません。。

結婚当日の私が物凄く幸せそうに写っている写真をデスクトップの壁紙にしていました

それだけは戻って!って強く願っていたら・・・

戻りました!

でもパソコン内の何処を探してもその「もと」はありません。。。

存在しない画像が現れていたのです。 (lll゚Д゚)

そしてその画像は1ヵ月後ふっと消えてしまいました

今は義母も義父の気配も感じません

私にもし、生霊というワザがあるのなら

毎日長男の傍に行っているのでしょうね。。

自分で言っててちょっと怖い。( ▽|||)

教訓 「すっぴんより怖い自分の生霊」 

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不思議な出来事 ~確信~

家の物、キッチン道具、車・・・・

何もかもが前妻であったり、他の女性であったり使用していた物

しかし、そんな細かい事を言っていたらバツのある夫との結婚所か誰とも付き合う事もできません

初めの出来事・・・

真夏に冷蔵庫が突然壊れました

そんなに古い冷蔵庫ではありませんでした(4~5年くらいでしょうか?)

前日、一週間分の食材を買い込んだばかりでしたが全て廃棄となりました(´・ω・`)ショボーン

直ぐに秋葉に行き、新しい冷蔵庫を購入

夫は ラブちゃん号~♪ と名づけていました(笑)

なんだかとっても嬉しかったです^^

次に夫のパソコン

夫のパソコンを私が勝手にいじる事はありませんでしたが、夫と画面を見ている時に2番目と3番目の名前のついたフォルダがありました・・・

もちろん私のフォルダもありました

夫は結婚してからパシャパシャ私を撮っていました

ブログにも ラブちゃん写真館~みたいな感じでアップしていました

そしてそのフォルダに入れていました

きっと、2番目と3番目の写真もそこに・・・(私の写真は削除してほしい)

私は気分が悪いから削除して欲しいと夫に言いましたが、夫は「証拠」があるから今は消せない、あと2~3年は。と言っていました

夫は毎日ウィルス退治をしていて常にパソコンに気をつかっていましたが、突然そのパソコンは立ち上がらなくなりました

なんとか駆使して二日後やっと立ち上がりましたが、その後も何度かありました

バックアップしてなく、重要な事柄が沢山入ってるようで立ち上がった時に慌ててバックアップをしていましたが途中で切れてしまったり・・

そのパソコンも購入して3年くらいだそうです

度々そんな感じで調子悪くなっていますが、まだそのパソコンは生きています(たぶん)

部屋の中にある見知らぬ荷物も全て捨てました。

中には血のついた痕のバスタオルも・・・本当に気分が悪かったです。。

そして年が明け1月3日

私の実家に日帰りで行き、帰ってきた時の事です

いつものように立体駐車場に車を入れ、ボタン操作をして歩きだして5メートルくらいの時

グシャ!バリバリバリ!ドーーーーン!! 

真夜中零時頃凄まじい音が後ろから聞こえました

まさか!!Σ( ゜Д゜)ハッ!

急いで駐車場に駆け戻ると、夫の車がフロント部分から落ちて逆さまに立っている状態

窓は割れ、車体はグシャっとなっていました

子供達は怖いと泣き出しました

私もすごく怖かった。。もし家族が乗っていたら・・・

震えがありました

夫の顔を見ると彼も青ざめていました。。

兎に角、泣いている子供達を家に連れて帰り、着替えさせて大丈夫よと宥め寝かせました

夫は駐車場の管理会社に連絡して車の救出

朝までにうちの車をどかさない事には他の利用者に迷惑が掛かる

その作業が終わったのは早朝5時でした。

車は言うまでもなく廃車となりました。。

簡単に言えば夫のミスでの事故でした

A型で変な所に几帳面な夫

必ず確認していた停車位置をその時に限って確認しなかったそうです

頭が重く、変な感じがしたと。。後で言っていました

そういえば結婚したばかりの頃、夫がこんな事を言っていました

自分には不思議な能力がある。頭がおかしいと思われるから人には話さないけど。。

予知能力だそうです

実家の会社の事故の事も分かっていたと・・

ただそれが何時起こるのか、予知なのか何かははっきりしないので使えない能力だと言っていました

私と出逢った時も、そのずっと後での場面を見たそうです

突然、「あ!これか!」って言うから何かと思ったら以前見た光景だったそうです(本当かどうかはワカリマセン~)

別居する少し前、私は夫に 何か見える?って聞きました

夫は答えませんでした。。

私は信じていません

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

出逢った時から乗っていたその車の助手席

私はその助手席に座る度に(嫌だな・・)と思っていました

何人もの女性が座ったであろう席です

その後、新しい車を買いました

家族全員が乗れるようにと7人乗り

家族の為の車です

その車のナンバーは私達の結婚記念日。。

いや、結婚記念日のナンバーにしたのはもうひとつ後の車だったw

でも私専用の助手席~♪

ま、今は既に別の女性が乗った事は知っていますが。(´-ω-`)

その後も、炊飯ジャー、コーヒーメーカー、照明、食器洗浄機と壊れていきました

伊豆の家を購入して、キッチンや壁紙は全て私が選びなさいと任されました

赤いキッチンを選び、オーブンも選び取り付け、シンクも選びました

出来上がったキッチンを見て夫は ラブちゃんのお城~♪ と言いました(ほんと子供っぽいw)

でも凄く凄く嬉しかったです^^*

私のお城。。。

マンションの陰気くさいキッチンとは違い、広々として全て新品

大きな窓を開けると森林の爽やかな風

自然のリスも見えました^^

お料理をするのが楽しくなる正しく私のお城でした☆。.::・'

しかし、不思議な出来事はその後も続きました・・・

教訓 「一番怖い自分の嫉妬」w

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不思議な出来事 ~序曲~

結婚してから不思議な出来事が沢山ありました

私はこう見えて (いや、見えませんからw)

とても怖がりで、怖い映画や話などは大の苦手です

もちろん霊なんて信じてない・・というか、信じてないと言うより見たくない気持ちでいっぱいです

そんな体験も生まれてこのかたありませんし特別な能力もありません

私が経験したこの不思議な出来事はただの偶然かも知れない

思い過ごしかも知れないお話です。。

結婚して、夫と二女が暮らしていた2DKのマンションに住むことになりました

玄関入るとキッチン

そのキッチンは窓も無くて全く陽があたらず、続き間の南西の夫の仕事部屋はパソコンとカメラ庫が陽にあたらないように遮光カーテンで閉めっきりでした

南東の子供部屋の東部分に窓は無く、南側にベランダがあり日中は陽が射し込みましたが、私がそこで過ごす事は殆んどありませんでした。夫から見えなくなる位置だからです

私はその家に初めから嫌な気を感じていました

お花を飾っても1日で枯れてしまってました

夫にも何度か 「ここのうちは嫌い!気持ち悪い」 と言っていました

それはもしかしたらこんな気持ちがあったからかも知れません

住民票の転入の手続きに区役所に行った時

その住所には夫と私、長女と二女の他に見知らぬ女性の名前がありました

氏は一緒。。

前妻(3番目)の名前でした

離婚したのに住所も移さないで名前も変えないで気持ちが悪いと思いました

その女性と夫の婚姻期間は11ヶ月

夫の話では3ヶ月で離婚届けを書き、追い出した

それから8ヵ月後、やっと相手が離婚届を提出したようだ(役所からの確認の電話があるそうです)

その女性との間に子供がいる訳でも無く、婚姻期間も短いのに氏も変えず住所も本籍も移動しない・・

マンションの1Fにある郵便受け(ダイヤル式鍵付き)にときどき郵便物を取りに来ているようだと言っていました

私は顔も知らないその女性に何処からか見られているんぢゃないかと更に気持ち悪かった

家の電話(当時は繋がっていた)にも 「○○子さんですか?」「○○子さんに変わって下さい」 と住んでも居ない、しかも前妻の名前を呼ばれ、間違われ、時には「あなたは?」と関係まで聞かれ苦痛でたまりませんでした

その人を訪ね、生命保険のおばちゃんも何度も来ました

居ません!と何度も説明しても来ていました

後から分かった事ですが、3番目の前妻は夫をDVで訴えていました

名前や住所をそのままにしたのもストーカー対策かDV法などで引越し先がわからないように役所が配慮してくれるそうです。

私は夫から、過去の女性関係を沢山聞かされました

若い頃は女性を日替わりランチのごとく取替え引替え

何人もの女性を病院送り(病気をうつして)

1度目の結婚をしてからも愛人を多数作り、毎日別の愛人の所へ行っていたそうです

1番目の奥さんとは15年の結婚生活がありましたが、子供はいません

明らかに浮気をしているのが分かっていても何も言わなかった(知らないふりをしてくれていた)そうです

夫が病気で入院していた時はその奥さんが働きに出て夫を支えたそうです

私からするとその方は菩薩様のような人ですね^^ 私だったら絶対浮気なんて許せません!w

私がこんな事を言うのは可笑しいですが、夫はその1番目の人を大切にし、離婚しなければ幸せだったんぢゃないかって思います

夫の話では、当時5番目の愛人(二女の母)に子供ができ、初めは夫夫婦が引き取って育てる事になっていたそうですが、お腹が大きくなるに連れ二女の母親は子供を渡す事を拒否をしてきたそうです

ここで私は2番目の人の行動に疑問を持ちました

最初、子供を渡そうとした事です。

夫は、もう自分には子供はできないと諦めていた頃。。40歳を過ぎ初めてできた子供の喜びは一入だったそうです

そして子供と暮す為に最初の奥さんに離婚を申し入れ、別居

その奥さんが離婚届を提出したのが二女が生まれる2日前でした(本当に良い人ですね)

離婚の翌日 2回目の入籍 (戸籍を見て分かったのですがこの日は私の誕生日です)

入籍した翌日 二女が生まれています

夫は産後、1度だけしか夫婦関係はなかったと言っています(本当かはわかりません)

愛してはいなかったと。。

そして二女が1歳半の時に別居して、その後調停から高裁まで親権で争ったそうです

2番目の妻(二女の母)も夫をDVで訴え、PTSDの診断書も提出しています。

それなのにこの妻は何故子供を手放して和解したのかが私には理解できません

そしてこの人も離婚してからも氏と本籍は変えていません

夫は、○△(夫の氏)の人口を増やす活動でもしているのか?w

話が大分反れました

結婚して私も暮す事になったそのマンションには他にも沢山の女性が訪れていたそうです

二女から聞きました。

私は夫を軽蔑しました

女をもてあそぶ、私の最も嫌いな人種だったからです!

夫は、私は今までとは違う、一生心から本当に愛せる人だと言いました(くどいようですが本当かはわかりません。。)

そして、結婚生活で夫が浮気をする事はありませんでした

というか、四六時中一緒に居たのでそれは不可能

毎日 ラブちゃん ラブちゃん と私を呼んでくっついていました(子供かっ!w)

毎日の性的強要が嫌で(お外でどーぞ。)と思った時もありました

ま、本当にそんな事したら許しませんけどねw

お金持ちだった時の夫、女遊びが酷かった時の夫ともし出逢っていても絶対好きにはならなかったでしょう

どんなに魅力的でも日替わりランチや愛人なんて有り得ない!

夫は自分の事を イケメン だと思っているようですが、私的には全くカッコいいなんて思わなく。。(笑)

で、

そんな話からか、そこの家には女の怨念というか、、とても陰気な感じがしたのです。

教訓 「確認しよう、結婚前の住民票と異性関係」

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父親の想い

(注: この記事は人の死について書いてあります。影響を受けそうな方はご覧にならないで下さい。)

私の両親は、私が小学校に上がる前に別居をしました

気がついた時には母は居なく、父と姉と私の3人暮らしでした

私が小学校5年生になったばかりの頃、姉に連れられて母のもとへ。

一度、調停で父と会い 両親は正式に離婚

私が父の顔を見たのはそれが最後になるなんてその時は知る由もなかった。。

姉は何度か会ってたみたいですが、私は会えなかった・・

黙って出てきてしまった事

最後に父を見たときの悲しそうな顔

申し訳なくて・・・顔を合わせられなかった。

私が二十歳になった夏、生まれた時から知っている八百屋のお兄さんからの電話でした

お父さんが亡くなった。。。

姉は旅行に行ってて連絡が取れませんでした

私は慌てて父が住む所に駆けつけました

父はもう、そこには居ませんでした・・・

畳は剥がされ、異臭が漂っていました

記録的な猛暑だった年です。

八百屋のお兄さんの話によると

しばらく顔を見せない父を心配して家に見にきたそうです

いつも施錠しない父。 それを知ってるお兄さんもドアを開け、父を呼びました

・・・・・・・・・・・・・・・返事は無し

異様な気配に直ぐに気づき、部屋の中に入ってみるとそこで父はもう亡くなっていました

三日くらい経っていたようです。。

真夏なので腐敗が進んでいたと・・・

私が行った時はすでに棺の中で、見てはいけないと言われました

死因は心不全

享年 48歳

胡座をかいて座ったまま前のめりに倒れていたそうです。

誰から聞いた事だったかは覚えてませんが、「生きたい」と思う人は上を向いて亡くなるそうです。

久しぶりに行った家の中は、私達が暮していた時のままでした

母の鏡台もそのままありました

違っていたのはそこにもう父の姿は無く、あったのは死臭・・・

この匂いは忘れられません。。。

父の兄(本家)の息子、、つまり従兄弟が山形から駆けつけてくれました

葬儀はそのお兄ちゃんが仕切ってやってくれました。(伯父はすでに体が弱っていたので来れませんでした)

葬儀が終わり、自宅に帰ると私は高熱で寝込んでしまいました

お線香を焚き、死んだように寝ている時にやっと姉が帰ってきました

姉は私が死んだのかと思ったそうです^^;

いや、父は本当に私を連れて行こうとしたんじゃないかと思います。。

私は父にとても可愛がられていました

幼い時、一緒にパチンコに行き、競輪に行き、映画に連れて行ってもらったり、TDLに行ったり、父の職場にもよく連れて行かれたのを覚えています

父は私の成人式の着物を買うために貯金していたのよって姉から聞きました

おまえばかり可愛がられてて憎たらしかったという話も後で姉から聞きました。。

数日後、本家で葬儀をするために山形へ向かいました

父は伯父さんの了解のもと、本家のお墓に入れてもらいました。

母の事をずっと想っていた父・・・

子煩悩だった父・・・

あれからもう15年も経つんだね。。

父はどんな想いで生きたんだろう・・・

会いに行ってあげればよかった

ごめんね、お父さん。。。

父は今、こんな私をそっと見守っていてくれているんだろうな。。

教訓 「後悔先に立たず。。」

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誕生の時 ~長男~ 後編

(前編、ちょっと間違っていた所をコソっと訂正w)

夫が病院の外で待っていた。。

それから何日か話し合い、離婚届にお互いの署名 押印して別居

家裁や区役所も行ったけどなぜかいつも空周り。。

このことは後に (子供を殺そうとした女) と、モラ夫が騒ぎ立てているのは言うまでもない(´-ω-`)

何故か離婚できない日々の障害を私達は「きっと別れてはいけないんだ」と受け止めた。

長女の時とは違い、長男の妊娠は悪阻と貧血が酷かった

同性と異性の違いなのかしら?

ご飯を作っていても気持ちが悪い

もちろん食べる気なんてしない。。

それでも深夜のコテコテラーメンはよく食べに行ってたっけ(笑)

あとはほぼお菓子w お菓子ばっかり食べてたな^^;

食べられる時は(良く食べる女)だったので、食べられない時は夫は心配していた・・

ま、初めのうちだけだったけど。(´-ω-`)

貧血もあって、お風呂場で倒れたり、デパートで倒れたり、2日くらい全く起きられない時もありました

それでも夫は 仮病だろ、専業主婦のくせに何もしない、など心ない事を言ってきた。。

しかしそれ以外ではお腹を労わってくれました

買い物では絶対に荷物を持たせない

車の乗り降りの時は手を差し伸べてくれる

お腹が大きくなってきたら毎日全身を洗ってくれた。。

そんな優しい夫を愛していました。。。

長男の性別が判ったのが12月に入ってから

夫にクリスマスプレゼントをあげられない私は24日のイヴまでそのことを内緒にする事にしました

私も夫も待望の男の子

夫は自分に良く似た男の子が欲しいと物凄く願っていたけど、元気に生まれればどっちだっていいよ^^ って言ってました

クリスマスイヴ、夫に性別を伝えると

「でかした!でかした!」ヾ( 〃∇〃)ツ バンザーイ

と子供のように大はしゃぎしていました。^^

長女の時とは違い、長男はお腹の中で物凄く暴れてたっけ^^

年末のK1観てたときも激しく蹴りまくってたよね

パーンチo(#゚Д゚)_‐=o)`Д゚)・;キーックヽ(#゚Д゚)ノ┌┛)`Д゚)・;

でも、、パパちゃんと寝ている時が一番激しく蹴っていた気がする(笑)

゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

年が明けて34週目

東京から伊豆に引越しました。

慌てて産婦人科を探し、分娩をお願いしました

夫の希望で血液検査をし、夫の病気が私やお腹の子にうつっていないかを確認

結果は大丈夫。うつっていませんでした。

義母がどんどん衰弱していく中、36週をむかえた私は夫に言いました

「御儀母さんに赤ちゃんの顔をみせてあげたい」

「先生にお願いして生みましょう!」

夫の答えはNOだった。

自然にまかせよう。。。と

そして義母は長男が生まれる2週間前に他界しました。。

出産前日

お風呂に浸かりながら、ふっと(しばらくお風呂に入れないな~)って不思議と思いました

お風呂から出て、夫にお腹の写真を撮ってもらいました

裸で全身を撮ったのですが、流石はプロ!照明をうまく使って芸術的な写真になりました(変なとこは写っていませんよw)

次の日の朝、お腹の痛みで目が覚めました

おトイレに入ると「おしるし」が・・・

出産予定日1日前でした

夫と病院へ向かい、そのまま入院

途中、かつサンドを買ってもらって食べたのはナイショw

ん?なんでかつサンドかって?

いや、なんとなく意気込みで(笑)

入院してからも相変わらずの微弱陣痛で、夫は一時帰宅

日曜日だったので子供達のお昼ご飯の用意を済ませて再び来院

妊娠がわかってから「立会いで」と私が夫にお願いしてきたので夫も緊張ぎみw

たぶん、、自然に任せてれば予定日ぴったりに産まれたはずの長男

先生から 「陣痛が微弱だから、お手伝いしましょう。促進剤を打ちますね」

看護婦 「目標は5時までに産みましょう!」

午後3時半ごろの話でした

・・・・先生も看護婦さんも早く帰りたかったんでしょ。(´-ω-`)ニチヨウビダシネ・・

「ぢゃ、行ってきまーす」(◎´∀`)ノ

笑顔で夫と別れ、分娩室へ入りました。

促進剤とやらをお尻に打たれた後は急激に激しい痛みが襲ってきました

うぉぉぉぉぉ~!こ、これは正しく9年前の痛み。∑q|゚Д゚|p

男の子を産むのは女の子と違ってすんごく痛いよ~ なんて姉からいらん情報を聞いていた私は「どんだけ~?!」と恐怖いっぱい(((( ;゚д゚)))アワワワワ

言葉に~なら~ない~♪ なんて歌っている余裕なんてもちろんなかった。

夫も入室して私の手を握ってくれた

もう笑顔でなんていられる状態ではなく、出産は夫にも頼れない

夫の顔を見たら泣いて、助けて~!と言いそうだったのであえて逆の方を向いていきんだ

先生が切開したのがわかった

そして4時59分

ゴリっと長男が出てきた

・・・・・・おんぎゃ~

長男の産声が聞こえた☆。.::・'

半泣きの私と、目を潤ませている夫

目を合わせ微笑み合い、夫がそっとKISSをしてきました

★゜・。。・゜゜・。。・゜感動・感動・感動★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜

色々あったけど、無事に生まれてきてくれてありがとう☆。.::・'

と、すかさず夫が先生に写真を撮っていいか許可をいただく

趣味のカメラ(本当は仕事用w)を急いで病室に取りに行き、私と長男をパシャリ

プロなんだから上手に撮ってよ♪

なんて言う余裕はまだ無く、後に見た写真はやっぱり酷い顔でした。( ▽|||)

実は、夫も居るし前回の長女の出産の時の教訓から一生もんの写真にすっぴんはいかんやろって思い、化粧をしていったのですね

が、それが見事に裏目。。。

マスカラとアイラインは崩れ、目のまわりはパンダ状態でした。。( ̄Д ̄;;

大仕事のあとだもんね。。そりゃそーだよね。。(´-ω-`) 

私はその場から2時間は動けなかったので、夫はお留守番している子供達の所へ帰りました

その前に長男を抱っこし、なくなるくらい垂れた目で長男を見ていたこと

写真をきちがいのように撮りまくっていた事は病室に移ってから看護婦さんに聞きましたw

長男は生まれてからずーっと泣きっ放しでした

看護婦さんも呆れるほど、寝ないでよく泣く子だったっけ(笑)

きっと、男の子だからこれから我慢する分いっぱい泣いているのかな?^^

可愛くて、愛おしくて、、

ずーっと長男の顔を見つめてた二人っきりの時間でした。。

そーいえばお祝い善が金目鯛だった

伊豆という土地柄なのか・・・?

教訓 「出産はすっぴんが一番」w

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誕生の時 ~長男~ 前編

長女を出産してから8年目

不思議と、長男を妊娠した日がわかります。

毎月、計算通りにきていた生理

1日遅れ、、、2日遅れ、、、

既に確信していた私は10日が過ぎるまで夫にも言わず我慢していました

生理が遅れて10日目

期待を胸に夫と産婦人科に行きました。

内視検査ではまだ確認ができなかったけど、尿検査で陽性

「妊娠しています。4週目ですね」

この言葉を聞いた時の夫の顔は今でも忘れられません

あんな嬉しそうな・・・少し顔を赤らめ、なんとも言えないような表情の夫は後にも先にもあの時だけでした

私もすごく嬉しかったです

赤ちゃんができた喜び、そしてそれを共に喜ぶ夫が目の前に居ること

幸せなひとときでした。

しかし小さな不安がありました・・・

先生が、「妊娠反応はあるが、赤ちゃんを確認できません。それはまだ周期が早くて見えないのか、子宮外妊娠という場合もあります。2週間後にもう一度来てください。」

子宮外妊娠・・・

そんな事は絶対無い!って信じてたけど、次の健診まではやはり不安でした

そして2度目の健診の日の朝

夫は寝起きからモラ攻撃で怒鳴りつけてきた・・・

その時に1度目の離婚を私は口にしました。

私は泣きながら夫の制止を振り切り、一人で病院に行きました

長女への虐待、私への精神的暴力が酷く 結婚生活に限界を感じていました

もう・・・子宮外妊娠であって欲しいとすら思っていました・・・

検査の順番を待っている間も夫から頻繁にメールが来ました

「悪かった。僕の子供を殺さないでくれ」

・・・あのね、検査した日にどうこうってできませんから普通。。

よっぽどテンパっていたのでしょう。

そして名前が呼ばれ、診察室へ入りました

エコーで確認・・・

長男君は枝豆のような姿で(僕はここにいるよ)と、その存在を私に見せてくれました

泣きそうな気持ちをぐっと堪え、エコーの写真を手にしました

6週と4日目の長男でした。。

次回の健診日は・・・と先生が言いかけたとき

「先生、実は・・・まだ産めるかわかりません。。」

と、私は声を震わせながら言いました

先生は、では次回の健診日までにご主人とよく相談して決めて下さい。少し早めに予約をとっておきましょう。

本来なら、妊娠が分かり、出産予定日やこれからのことのお話、病院の定期健診の資料等持って帰るものは沢山あったはずだった

私が持って帰ったのは長男のエコー写真1枚でした。。

もちろん出産予定日も聞いていません

お会計を済ませ、病院を出ると

そこに夫は待っていました。。

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弁護士と保健士とホラ夫

冬休み最終日

長女はお婆ちゃんとその愉快な仲間と水沢観音に行きました。

私の母と、母のお友達は神社参りが趣味で

よく時間を作っては色々な所に行っているようです

ま、そのおかげで美味しい水沢うどんを送ってもらっていましたがw

今年の春には四国八十八ヶ所遍路をする予定を立ててるそうです(元気だな~^^;)

私も香川の讃岐うどん食べてみたい~(*゚∀゚)=3 ムッハー!!

今回も何件か回って参拝したらしく

長女は、無料の温泉も堪能してきたって喜んでいました。

そして引いてきたおみくじが 

☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆大吉☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;;:*☆*:;;;;;:*☆*:;;;;;:*

(v^ー゜)ヤッタネ!!

「待ち人来たる」 って書いてあるぢゃないの♪

娘ちゃんに 「○君の事お願いしてきたの?」 って聞いたら

「うん!行くとこ行くとこ、○君が帰ってきますようにってお願いした~^^」

でかした長女!w ヨチヨチ( *´д)/(´д`、)アゥゥ

私は仕事でしたが、長女が冬休み中は1時までであがらせてもらってて

そんな事とは知らず、お昼ご飯の支度の為に急いで帰って来たけどもぬけの空。。( ゚д゚)ポカーン

でも夕方までは1人だったので色々と動けました

まず弁護士さんに電話

私 「来週調停なんですけど、審判のほうは・・・」

弁護士 「僕も気になってたんですが、先月1日に調査官が行ってますよね?その後連絡は無いんですか?」

私 「全くありません。先生の方にも無いのでしょうか?」

弁護士 「無いですね。。ちょっと家裁に聞いてみますね。」

ガチャ。。

次回の調停で婚姻費用分担の請求をする話が主だったのですが、審判についても聞いてみたのです。

それから病院へ電話(病院、決まりました^^)

そして伊豆の市役所に電話をして、長男を定期的に看てくれている保健士さんに長男の成長の様子を伺いました

問題なく育っていると思いますよ~

と、その保健士さんは言っていました。

長男を出産してから2~3度お会いしている人なんですが、突然の別居でそれ以来。

訪問ではなく、同じような月齢の子が集まっての定期健診もあるのよって勧められたけど

訪問でってこだわった私は正解だったみたい

お母さんがそう言ってくれたから今でも「定期健診」と理由つけて行きやすいのよって言っていました

夫はたぶん知らないと思いますが・・・

保健士が乳児を訪問する「こんにちは赤ちゃん」は通常3~4ヶ月まで。

でかした私!w

で、息子の様子が分かればそれでよかったんだけど

その保健士さんは色々と聞いてきました

おかげで長電話だったよー(。>0<。)

話している最中に弁護士さんからパソコンにメールが届きました

「事務官に問い合わせた所、調査官の調査がまだ終わっていないので審判は出せないが終盤には来ているだろう。とのことでした」

そっかー。。やっぱりもうすぐだね。。

保健士さんにも審判が決まったら連絡しますと言って電話を切りました

最後に保健士さんが、電話があった事をご主人に話してもいい?って聞いてきました

は?なんで?

母親として我が子の体の心配をするのは当然

離婚して親権者が夫だという訳でもなし

引き離されて、顔も見れず、声も聞けず、どうしているのかも分からない状態だから唯一関わっている保健士さんに電話して聞いただけ

事情は話したのに。。

私も別に隠れて悪い事をしている訳ではないので、「いいですよ」と答えましたが・・・

特に夫に報告する事でもないだろう。。と思いました

夫に何か吹き込まれているのかしら・・・

娘達にも、私がイライラして長男を投げ飛ばしたって言ってたらしいし

ありえないっつーの!よくもまあ、そんな法螺を子供に吹き込めるもんだ!(#`皿´)<怒怒怒怒怒怒!!!!

ま、長女は

 「ママがそんな事するわけないのにね~。どうせあの人のうそだろうってすぐ分かったよ」 って言ってました

当然ですっ!

モラ夫 から ホラ夫 に路線変更したのかしら?

教訓 「子供でも判る、ホラとモラ」

(●・ω・)ノтнДЙκ∫ LIЙκ ヽ(・ω・○)

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DVによって・・・

病院に行って来ました

「心の風邪の症状」で。。。

そう、精神科・心療内科の専門医院

診断は PTSD ・・・・・

Σ('□'('□'('□'('□')ガビーン!!

なんて思わなく

ああ、やっぱり。。。(´-ω-`)

そこの病院はメンタルケアはやっていないので、カウンセリングがある病院に行くように薦められました

渡されたのが「埼玉メンタルクリニックマップ」

・・・・・マップ?

いろいろと、突っ込みたくなる気持ちはだいぶ後になって起きたが。。(笑)

で、

結構な数の医院やクリニックがありますがいったい何処へ行けばいいの?^^;

お勧め聞いてくればよかった。。

とりあえず、安定剤を処方してもらいました

カウンセリングって保険適用外だから確か1回7000円くらいするのよね。。

はぁ~。。

でもちゃんと治さないとね

PTSDの治療をやっている専門の医師が居るか、まずは近場から1件1件電話してみます

ガンバレ!私

教訓 「DV離婚はお金が掛かる」

FRIENDS(○´_ω`)人(´ω_`●)LINK

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誕生の時 ~長女~

長女を産んだのは26歳の時

まだまだ子供だったな~

ま、今もですけど。。みたいな!w

妊娠中は悪阻も無くご飯もお酒も美味しく頂けていました

(てか、お酒はあかんやろw)( ▽|||) 

妊娠8ヶ月までは働いていて、周囲からも「妊娠しているように見えない~」

なんて言われるほどお腹は全く目立たなかった

仕事を辞めて実家に戻ってから激太り。(*'(OO)'*)ゞフ゛ヒッ!

のんびりとゆったりとした時間の中で「餡子」に目覚めた

それまではお菓子や甘い物は一切食べなかった私

てか、甘い物は嫌いでした

妊娠すると食べ物の好みが変わるっていうのは本当なのかもしれない・・

で、結果 激太り(笑)

お腹に居る長女とよく「キック遊び」をしたっけ

トリプルキック(・ω・人・ω・人・ω・)┌┛┌┛┌┛ ΣΣ((((ノ゚ x ゚):;*.':;グハーッ!!

なんてのは冗談ですが

右側のお腹をつんつん叩いて「ぼこっ」

左側のお腹をつんつん叩いて「ぼこっ」

初めての出産だから痛さの恐怖も物凄くあったのと、早く顔が見たいという思いとがありました

そしてその日がやってきました。。

出産予定日からは5日が過ぎていました。

深夜2時、お腹がなんとなく痛みだした

寝ていたけど、いつもとは違う感覚で目が覚めました

痛みの時間を計る。。

痛む感覚は10分から15分くらい

「おしるし」というのは出てない・・・

朝まで様子をみました

感覚は同じ

でも、これは陣痛ってやつだろうって思い産婦人科に連絡

入院の準備をして母と病院に行きました。

検査をして陣痛であるという事でそのまま入院

朝、8時半くらいだったかな。

まだまだ生まれませんよって事で母は一時帰宅

その後も微弱陣痛が続き、夜ご飯も美味しく食べられましたw

病室は二人部屋だったのだけど、隣の人は激しかった・・( ▽|||) 

いったーーーい!!死ぬーー!!うぎゃーっ!!!!!

雄叫びが凄くて陣痛室(?)に運ばれたけど、それでも声が聞こえてたくらい^^;

看護婦さんは「あなた看護婦でしょ!痛いのは皆同じなの!頑張りなさい!」

なんて訳のわからない事を言って励ましてた(?)っけ(笑)

経験のない痛みの恐怖が更に強くなったのは言うまでもありません。( ▽|||) 

そ、そんなに凄いの?!!! (゚ロ゚ノ)ノ ヒイィィィ!!!

そしてその恐怖の痛みがじわりじわりと私にもやってきました   (T▽T)尸~~SOS!!

陣痛室に入り、それ用の椅子に座った時には声も出せないほど・・・

尾骶骨をとんかちで内側からおもいっきり!殴られているような・・・

ガッツン!ガッツン!!ガッツン!ガッツン!!

ええ、痛いなんて生易しいものではありませんって。(´-ω-`)

痛さを和らげようと腰をさする母

私的には「さ、、、、さわるな~~~~~!!」

ってぐらい痛かったんだけど、声も出せず・・・

「先生!ギブアップですっ!!もう耐えられません!!!」

って本当に叫びたかったです。

やっとの思いで分娩台に登り、いきんでいいよって言われた時はも~~う極楽でしたw

痛みの感覚に合わせて「ふんっー」と踏ん張る

痛みがなくなった時は休憩

その繰り返しなんだけど、前夜2時から起きていた私はあろう事か痛みのない時にウトウト・・・

「お母さん!寝ちゃ駄目!」 って看護婦さんから注意されました^^;

ま、そんな遣り取りも数分で分娩室に入ってからは比較的早く出産できました

最後の痛みの時

「ふんっ!」って踏ん張って、看護婦さんがお腹を押してくれて・・・

にゅるっと出てきた長女

「おぎゃあ~」 

・・・・・・・・・・・・・・

 夜、11時11分

初めての我が子の声

感動的で・・・・・涙がこみ上げてきて・・・・

新しい生命が生まれる瞬間。。何とも言えませんね。。。.。.:*・゚☆.。.:*・゚"£(。・"・)-†パタパタ

で、

直ぐに私の目の前に連れて来て、記念撮影。。 ∑( ̄ロ ̄|||)イマデスカ・・・キイテマセンガ・・・

年末のK1でノックアウトされた選手より酷い顔をして写っていたのは言うまでもありません(´-ω-`)

一生もんですよ。。

免許の写真が失敗して犯罪者顔してたって5年かそこらで更新できるぢゃないですか

死にそうなくらい痛い出産、、そりゃ~顔も引きつってるっての!

つい先日、長女にその写真を見せたら 「ママ、疲れた顔してるねw」 だって。。

あ、やっぱり分かります~^^;

娘以外には絶対に見せたくない写真ですね!(苦笑)

でもその時に思った事

生まれてきてくれてありがとう☆。.::・'

娘の顔を初めて見た時そう思い涙がでました。。

そして、

もう二度とこんな痛い思いは嫌だ!!

お腹いっぱいです!

と、強く心に誓う母であった。。

そー言えば、妊娠中に好んで食べた物はその子供の好物になるって事が私の独自のデーターで判明されてます

はは~ん

だから長女は「十万石饅頭」(埼玉銘菓w)を 「うまい!うますぎる!」と言って食べてるのかな?

後は、「あて」 

つまり、お酒のおつまみのような物を好む傾向がある。。

う~~む

彼女もいずれ酒呑みになるのは決まりだな。。( ̄日 ̄)y-°°°

教訓 「案じても産むが痛し」

 まぁ一杯((  ゚Д゚)⊃_凸” サケドゾ

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動き出す離婚

来週、二回目の調停があります

別居して5ヶ月

普通の調停だったらそろそろ結果が出る時期でしょう

しかし私達の場合、離婚調停とは別に子の引渡しの審判をしています

この審判の結果が出てからでなければ調停は進められないとして一時休止

結果が出るであろう時期を予測して二回目の調停期日が決められた

が、、、

審判、、何の連絡もありません。。( 。-ω-)-ω-)-ω-) シーン・・・

このまま調停をしても何の話し合いにもならないのでは?

離婚は初めから同意してるし

争点は親権。

そして親権に付随して養育費の取り決め

慰謝料

・・・・・・・・・・

子の引渡しの審判結果によって親権者を決める話し合いをしようと調停員は考えてると思います

だとしたら、結果が出ていない今 無理矢理調停を進めようとすると論点は慰謝料

私が ガツン!と金額を提示して

相手が 呑めない!

で、終了だろうな。。。

そんな無意味な話し合いの為に仕事を休んで1万もの交通費を掛けて行くのか・・・

はぁ~。。

いや、でもいくらなんでも近々には審判の結果が出るでしょう

そしてその後はとんとん拍子に・・・♪

和解してくれるといいな。。

裁判なんて無意味な貶し合いはやめようよ

綺麗に別れましょうね、旦那ちゃん。

無駄な抵抗はやめたまえ!こっちには勝利の破魔矢があるのだ!

ピュンッ(ノ-_・)/|)‥‥…>>━→   >>-(゚ロ゚)→プス

( -_-)フッ 

(注 妄想の世界ですw)

元旦に神頼みに行きました(笑)

喪中って行っていいのかな?

ま、よしとして(←勝手な自己判断w)

「勝ち抜きの矢」 を買いました

あとはおみくじを引いてみました

大吉ではなかったけれど、「パッと明るく道が開けて・・・」 って書いてあった

て、事は・・・ヾ(〃^∇^)ノわぁい♪

実に単細胞であります(笑)

もうすぐだよ

もうすぐ会えるからね!○君!(。・~・。)ノ▽"バブ

教訓 「調停は、審判決定後にやりましょう」

ヾ(*´∀`*)oc<[。゚・+:.・LIЙκ・.:+・゚。]

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今後の裁判

[現状維持]の観点を覆す判例を見つけました!

今まで聞いてきた事や調べた事では、実際に監護している(養育)している継続性を重視する傾向がある旨は知っていました

夫もそれを知っていて初めから絶対に長男を離さなかった

しかし、乳幼児は特別な事情のない限り母親有利というのも勉強しました

今までの判例では現状維持が強い感じでした

「監護の継続性の基準」に関して判例は「特別な理由のない限り、現実に子供を養育監護している者を優先させるべき(東京高判昭和56.5.26)

勝敗は五分五分。。。

不安になりました

しかし、見つけた判例は別居後2年も経過しているのにも関わらず、父親の監護の継続性、、

つまり現状維持が絶対では無い事を東京高等裁判所が判断してくれた事例です

  • 東京高等裁判所平成15年1月20日決定(家庭裁判所月報25巻9号91頁)
    〔1〕1の前提事実によれば,双方とも事件本人(子供)らに対する愛情,監護に対する意欲は十分であり,その監護態勢は,住環境の面では抗告人()の住居が優るといえるものの,監護養育能力や経済的な面ともに大差はなく,また,事件本人らは,現在,抗告人の下で一応安定した生活を送っていることが認められる。
     そこで,抗告人は,事件本人らの現在の監護養育状況に特に問題がない以上,事件本人らの福祉のためには,監護の継続性を尊重し,現状を維持すべきである旨主張する。
    〔2〕しかしながら,出生時から別居するに至るまで事件本人らを主として監護養育してきたのは専業主婦であった被抗告人()であり,別居後2年余りが経過していることを考慮しても,事件本人らと被抗告人との精神的結びつきや母親への思慕の念はなお強いものがあり,事件本人樹及び同文香は,被抗告人の下で生活したい旨の意向を明確に示している。事件本人拓海は,態度を明確にしていないものの,必ずしも現状に満足しているわけではないし,母親を慕う気持に変わりはないと推測される。
     これに対し,抗告人は,事件本人らは被抗告人との生活を少なくとも現時点では希望していないと主張し,抗告人と生活することを希望する旨記載した事件本人らの被抗告人宛ての手紙を提出する。
     しかし,事件本人らとしては,両親が激しく対立する中で父親から母親の下で生活することを希望するかと尋ねられれば,父親に対する配慮もあって,自分の本心を素直に表現することは事実上困難であり,事件本人らの上記手紙は,その文面からも,事件本人らの真意を表したものとは直ちに認め難いといわざるを得ない。したがって,抗告人の主張は採用することができない(抗告人が事件本人らに対して被抗告人の下へ引っ越したいかどうかを尋ね,上記手紙を書かせたのは,事件本人らを自ら養育したいと強く望む余り,事件本人らの心情への配慮を欠くものであり,子の福祉の観点からも決して望ましいことではない。)。
    〔3〕本件記録によれば,事件本人らは,抗告人が被抗告人に対して暴力を振るったことを目撃し,恐かったことを記憶しており,事件本人樹及び同文香は,抗告人に対する違和感を払拭できないでいることが認められる。 そして,抗告人が別居後まもなく青山を同居させたことについて,抗告人は,事件本人らの母親代わりの女性が必要であると考えたことによるものであり,短期間で解消したから問題はない旨主張するが,上記経緯に照らし,事件本人らの心情に対する配慮に欠けているというほかない。
    〔4〕子は,父母双方と交流することにより人格的に成長していくのであるから,子にとっては,婚姻関係が破綻して父母が別居した後も,父母双方との交流を維持することができる監護環境が望ましいことは明らかである。
     しかし,抗告人は,1で認定した原審審判期日に合意した被抗告人と事件本人らとの月1回の面接交渉の実施に対して非協力的な態度をとっている。これについて抗告人は,事件本人らの都合ないし希望によるものである旨主張するが,事件本人らが抗告人に気兼ねして本心を表明することができない心情に対する配慮に欠けるものである。
     そして,本件記録によれば,抗告人が合意に反して面接交渉の実施に非協力的な態度をとり続けるため,合意に基づいて面接交渉の実施を求める被抗告人との間で日程の調整をめぐって頻繁に紛争が生じ,そのため抗告人と被抗告人の対立が更に悪化するという事態に陥っており,抗告人のこのような態度が早期に改善される見込みは少ないことが認められる。
     このような父母の状況が事件本人らの情緒の安定に影響を及ぼし,抗告人と被抗告人の対立に巻き込まれ,両者の板挟みになって両親に対する忠誠心の葛藤から情緒的安定を失い,その円満な人格形成及び心身の健全な発達に悪影響を及ぼすことが懸念される(事件本人拓海が,面接交渉をめぐる抗告人と被抗告人の対立に巻き込まれて,精神的なストレスが高まったことから,じんましんと嘔吐の症状が出たことは,その表れと見られる。)。これに加えて,事件本人拓海は中学2年生,事件本人樹は小学校5年生,事件本人文香は小学校3年生であり,いずれも人格形成にとって重要な時期にあることを考慮する必要がある。
     そうすると,抗告人との面接交渉について柔軟に対応する意向を示している被抗告人に監護させ,抗告人に面接交渉させることにより,事件本人らの精神的負担を軽減し,父母双方との交流ができる監護環境を整え,もって事件本人らの情緒の安定,心身の健全な発達を図ることが望ましいというべきである。
     抗告人は,抗告人が被抗告人と事件本人らとの面接交渉に支障を生じさせたことは一切なく,したがって,現在の生活環境の下で事件本人らへの心理的な悪影響はなく,むしろ元気に生活している旨主張するが,採用することができない。
    〔5〕以上によれば,事件本人らを被抗告人に監護させることが事件本人らの福祉に合致するものというべきである。
  • 東京高等裁判所平成15年 1月20日決定
    1審では、母親が父親に対して審判前の保全処分として子供らの引渡しを求める仮処分を申し立てたところ、これが認容されたた。
    ところが、抗告人(、事件本人らの父)が、抗告した事案で、本件認定事実によれば、事件本人(子供)らは、現在、抗告人の下で一応安定した生活を送っていることが認められ、保全の必要性を肯定すべき切迫した事情を認めるに足りる疎明はないから、本件審判前の保全処分の申立ては理由がないとして、原審判を取り消し、本件申立てを却下した。

一審では保全が認められつつも、保全に値する緊急性が無いとして容認されなかったとしてよくある例らしいのですが

継続性だけではなく、 子の福祉と利益を本当の意味で尊重してくれた判決だと思います

不当に子供を奪われた

連れて来れなかった現状

これらを分かりつつ「現状維持」の原則でしていた裁判に新しい風が吹いたのではないかと思います

リンク紹介( ´・ω・)y━。 o ○(´・ω・`)゚+. 。 O (´・ω・`)゚+.

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遺書

新年を迎え、とても似つかわしくないこの言葉から失礼します。

お正月の挨拶は喪中の為控えさせて頂くのは素より

大切な息子が今、この手元に居ない悲しみと係争が進まない現状から年が明けたから「おめでたい」なんて感情は起こるはずもなく・・・といった所です。

先月、元芸能人である飯島愛さんが亡くなりましたね

死因はまだ解っていないようですが、私と同い年の方が亡くなるのは衝撃でもあり、色々と思う事もありました

このタイトル・・・

自殺を考えている訳ではありません

かと言え、全くそう思わない訳でもなく脳裏に過ぎる事もあるのは事実。。

最近、変な頭痛が度々あります

そんな時、この現状で 脳梗塞 脳溢血で不意に倒れたら・・・

私が居なくなった時の事を考えさせられます

長女が幼い時、それまで考えもしなかった生命保険

私にもしもの事があったらと思い長女が成人するまで困らないように設計した保険

結婚して受取人は長女から夫に変わった

今もまだそのまま。。

離婚するにあたって保険の契約者や受取人の変更をすると夫と話して私の口座や何やら教えたのに未だそのまま

こんな中、本当に私に「もしも」の事があったら長女はどうなってしまうのだろう・・・

長男は迷わず夫が育てるでしょう

しかし長女は?

・・・・離縁されて親無しになるのか。。。

お金は?どうやって生活して行く?誰が面倒を見てくれるの?

入籍したままの私の骨は?あっちのお墓には入りたくない

そして私は遺書を書き残そうと思いました

生命保険のお金、長女の後見人、自分の遺灰・・・

残された娘・息子へ伝えたい言葉

親や姉へ

夫へ・・・

そんな事を色々考えていたら涙が出てきた

まだ書けていません。遺書って難しいですね。。。

。〇゚。*,*。οLINKヽ(*・ω・*)ノLINKο。*,*。゚〇。

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