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2008年11月

言霊

言葉って凄い力があると思います。。

言葉によって幸せになれたり傷つけられたり・・

さり気ない一言でも凄く嬉しかったり勇気づけられたり

何気なく言った言葉で相手が酷く傷つくこともある

誤解を招き易いのも言葉の特徴であろうと思います

だから私はいつも注意しながら言葉を発している。。

こういったブログの文字にしても書き手の人間性、性格は表れるものだ

真面目な人、面白い人、不愉快な人・・・

ま、不愉快な人の文字は見なければいい

ただリアルな世界では避けられない。。

私もその言葉によって深く傷つけられた1人・・・

人を傷つけて平気な人の心理は私には分からない。。

ただ思うのは、言葉をもっと上手に使う事ができたら犯罪も自殺も少なくなるのではないかしら?

素敵な言葉は沢山あるのだから。。。

言葉に操られるのではなく言葉を操ろう

よく、願い事がある時は言葉を口に出して言ったほうが願いが叶うって聞いた事ありませんか?

強い願いに対する言霊がそれを可能にしているのだと私は思います。。

断っておきますが私は宗教には入ってません(笑)

願いの叶う壷と掛け軸が今なら手頃な値段でお譲りしていま・・(はい、嘘ですw)

えっと、、

話を戻しますと言霊を上手に使おうって事です^^

I can not do ではなく I can doの精神です

できない。無理。不安。。

そんな言葉はゴミ箱にポイ ●~*°゚°。。ヾ(≧∇≦o) エイッ!!

だから私も毎日口に出して言っていこうと思います

○君(赤ちゃん)は私が引き取る!

○君は私が育てる!

この結果は後ほど。。。^^

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サンタクロースにお願い

寒くなりましたねー

骨身に凍みます。。(((=ω=)))ブルブル

別居したのが真夏

自分の洋服は2枚くらいしか持って来なかった。。

ま、元々そんなに無いんだけど^^;

妊娠して大きなお腹になった為に買ってもらった服、上下合わせて3着

2日に一度同じ服を着てたな。。

あとは元々持ってたレギンスとかタートルとかを無理矢理着てた

お腹の部分が丸出しのボディコン状態(苦笑)

そんなキャラクター居なかったっけ? 

ま、いいやw

手袋とマフラーはあっちの家

未だに秋物のジャケットで頑張ってます(笑)

もちろん長女の冬服や上着、手袋は買ってますが。。

別居してから自分用に買ったのは2足で390円の靴下だけ。。。

調停や審判で家裁に行くのに交通費だけで1回1万円掛かるからツライ

やっぱり婚姻費用分担を申し立てよう・・

それはさておき、長女は小学校三年生ですがまだサンタクロースを信じています

この前チラッと「サンタさんにお願いするプレゼントは決まったの?」と聞いてみた

長女が答えたなんだか分からない日本語をネットで検索してみると・・・

あった。。。(´-ω-`)

ってか、10000円もするじゃない!( ▽|||)

ワタシ、ニホンゴワッカリマセ~ン♪

なんておとぼけが通用する訳ないか。。。

お誕生日プレゼントも貰えなかった長女。(夫が買ってくれなかったのです)

クリスマスは好きな物を買ってあげたい(頑張れママサンタ!)

向こうで暮している二女と長男にも何か送ってあげたいな。。。

でも・・

私がサンタさんにお願いしたいプレゼント

それは。。。

「長男を連れて来てください。。」

 

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民事法律扶助

法テラスで法律扶助の審査に行ってきました

私がお願いしたのは監護権指定の審判と子の引渡し(保全処分)の審判

2件の申し立てとなります。

審査担当の弁護士さん(?)から申し立ての内容と金額の説明

5分くらいで終了しました。

通常、着手金といえば315000円ってのを良く見ますがその半額以下でした

さらに2件分の所、1件はそのまた半額でいいとの事

支払いは月々5000円と良心的でした。^^

もちろん報酬金は別途です。。

勝訴なら報酬金の支払いとなり、敗訴なら無しです

法テラスは勝訴の見込みがないとはいえない(期待ができる)要件で代理援助をするそうです

って事は。。

見込みがあるって事ですよねーo(*^▽^*)o

色々考えると不安が募るから、こういったちょっとした事でもプラスに考えることにしました(笑)

来週の月曜日に調査官がうちに調査に来る事になりました

夫の家に行ってから1ヶ月経ちます

いよいよ判決の時期も近づいてきたかな?

待てば海路の日和あり。。。

ちょっと違うか~(苦笑)

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終わりなき旅

「息を切らしてさ 駆け抜けた道を 振り返りはしないのさ
ただ未来だけを見据えながら 放つ願い
カンナみたいにね 命を削ってさ 情熱を灯しては
また光と影を連れて 進むんだ

(中略)

難しく考え出すと 結局全てが嫌になって
そっとそっと 逃げ出したくなるけど
高ければ高い壁の方が 登った時気持ちいいもんな
まだ限界だなんて認めちゃいないさ

時代は混乱し続け その代償を探す
人はつじつまを合わす様に 型にはまってく
誰の真似もすんな 君は君でいい
生きる為のレシピなんてない ないさ

(中略)

閉ざされたドアの向こうに 新しい何かが待っていて
きっときっとって 君を動かしている
いいことばかりでは無いさ でも次の扉をノックしよう
もっと素晴らしいはずの自分を探して

胸に抱え込んだ迷いが プラスの力に変わるように
いつも今日だって僕らは動いてる
嫌な事ばかりではないさ さあ次の扉をノックしよう
もっと大きなはずの自分を探す 終わりなき旅」

Mr children の歌

ミスチルはどの曲も大好きです^^

このブログのタイトルは旅の途中ですが「終わりなき旅」ですね。。

困難に遭遇してもそれを乗り越えれば素敵な未来が待っている

焦らず恐れず高ぶらず、一歩一歩歩いて行こうと思います

明けない夜はない。。希望は捨てちゃいけませんね(o^-^o)

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モラハラは遺伝する?!

環境遺伝

それは育った環境、育てられた両親の影響からなる遺伝

人はそれぞれ生まれ育った環境も違うし、その家庭のルールもある

他人から見たら可笑しな事や行動でもそのルールで育った人は「当たり前」の事なのです

例えば食べ物にしても親が好む食べ物と同じ物を好きになる

これも幼い時から食べさせられていたから、親が美味しい美味しいと食べていたから<<美味しい物>>として脳にインプットされるからです

環境遺伝は食べ物だけではないです

性格、考え方、行動・・・

子供は親を見て育つのです

しかし皆、少なからず自分の親のこんな所が嫌いだとか自分はこうならないようにしようと思った事はありませんか?

普通なら大人になり社会や世間の常識も学び悪い事と良い事の分別がつくからです

そして自分なりのルールも確立するからです

しかし、DVやモラハラ、虐待、親の離婚を経験した人はその潜在能力の中に記憶されてしまうのです

つまり悪い事をしている意識は無く、「当たり前」の事なのです

離婚の連鎖・虐待の連鎖・DVの連鎖。。。

離婚をした両親の子供は離婚しやすい、虐待を受けた子供はやがて虐待するようになりやすい、DVを受けた人は虐待に走りやすい。。。必ずしもではありません

夫と両親の関係

義母は優しくおおらかな人でした

義父は一見、優しく物静かな人に見えました

夫は義父の事を嫌っていました

同居する前から義父の事を色々聞いていました

アル中、酒乱、外面が良い、内弁慶、人の悪口を言う(義母の親や兄弟の事やら)、自分勝手、人の話を聞かない、木刀を振り回す、きちがい・・・

「ママが可哀相だ。ママは苦労した。」 と言ってました

ご飯ができても「今は要らない」と言い、気分でお腹すいたと言う(作る人の事を考えない)

出掛ける時はぐずぐずしてパッと動けない

普通、結婚相手の前でその親族の悪口は言うべきではないのに平気で言う

妻に対し酷い事を言う

(例えば、義母が具合が悪く寝ていても「いつまで寝ているんだだらしが無い!」と言ったり、義母の為に車椅子を用意しても「そんなもの自分で歩け!」と言ったりです)

また、家の前に車を停めた相手に対しいきなり木刀で殴ったそうです

それから夫には姉が居ますが、姉に対して義父は凄く優しく甘いそうですが夫に対しては厳しく、幼い頃は巨人の星のようなスパルタ(?)だったそうです

これらは全て夫から聞いていた話です

同居してからその話が私にもよく分かりました

ご飯を作って持って行っても今は要らないと言ったり、枕の下に何故かムチを置いて居たり、お酒が呑めないと怒り出し口調も顔つきも変わる

お姉さんの言う事は聞き、口調も優しいのですが夫の言う事には反発します(その事でかは分かりませんが夫と姉は絶縁状態です)

お茶碗は持って食べない、歯は磨かない、おトイレに行っても手を洗わない・・・

夫が厳しく言っている「躾」とはいったい。。。

夫は自分は他人とは違い裕福な暮らしをしてきて物心ついた時から行儀や礼儀作法など厳しく教わったから子供にもそうすると言っていました

事実、食べ終わったらすぐに歯を磨きなさいと煩く言っていたし、おトイレから出てきた長女に「手を洗え!汚い!だらしがない!」と散々怒っていました

また、夫が出掛ける時は玄関まで全員が見送らなければ怒り、帰って来た時も玄関まで迎に行かないと怒っていました。長女が具合が悪くて寝ていた時でさえ「玄関まで来れるだろう!」と具合の悪い長女に怒っていました

もちろん二女が同じ事をしていても怒りません

私は夫と義父はよく似ているなと思いました

夫は歯磨きはするけれど、おトイレから出てきて手を洗わない事はしばしば

食事ができたと言ってもパソコンをしていて自分のペースで終わらないと食べない。それによって家族が待っている状態

出掛けると夫が言って家族全員がすぐに用意しても夫のペースで長時間待たされたり、かと思うとまた夫のペースでさっと出掛けないと「ぐずぐずするな!」と怒り出す

家族は常に夫の行動を見ていないと無理です

夫はキャリアなのでお酒は飲みたくても飲めませんが、自分がキャリアだと気づく前は沢山飲んでいたそうですし、夫の父とそのまた父もアル中だったそうです

そして夫は私の母や姉やその子供の悪口も言いました(自分はそんな事は言わないと言っていたのに)

それから夫と義父はよく喧嘩をしていました

口喧嘩なんてしょっちゅうで、時には揉み合い流血する事も。。。

私が居るリビングから義父の居るリビングまでは離れているので何も聞こえませんが、子供部屋からは義父の居るリビングの声は聞こえます

子供達が私のもとへ駆け寄ってきて「おじいちゃんとパパがまた大きな声で喧嘩して怖い」と言っていました

私は子供達に「こっちに居なさい」と言い夫と義父を心配しながら子供達を宥めました

暫くすると夫は興奮した感じで戻ってきました。見ると血をだしていたり、服が破れていたりしながら義父を罵っています。その後数時間は義父の悪口を聞かされます

義父も怪我をしていたり、痣ができたりするのでデイサービスの人が市役所に話しをしたのでしょうね。。市役所でも有名な話だと私が住所の移動の手続きに市役所に行った時に聞きました

きっと昔からそういった親子関係なのでしょう

夫は夫のお爺さんもきちがいだと言っていました

お爺さん、父、自分ときちがいは遺伝だと言って笑っていました

これは正に環境遺伝ですね

だから夫は長男の事も「○○家の跡取りだから立派なきちがいになる」と冗談っぽく言ってました

冗談じゃない!私は息子をきちがいなんかにはさせない!

環境遺伝。。。今なら遺伝されないのだから・・・

そして二女(元々は長女)に甘すぎる夫はいずれ長男には厳しく、虐待もありうると思います・・・

自分がそうだったように・・・

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「家政婦は見た!」のものがたり

伊豆に引っ越してからの話です。

夫の両親と同居が始まりました

義母は末期癌で感染症の疑いがあった為、私はあまり近寄らないようにと夫に言われていました

寝たきりなので食事も一人では出来ない状態。。夫は義母の世話は自分がやると言ってました

ヘルパーさんを朝、夜と頼み、訪問看護が昼に来ていました

私にはただ食事を作ってくれればいいと。。

以前、何度か私の手料理を食べてもらい義母も義父も美味しい美味しいと喜んでくれました

義母は退院して○○ちゃんの手料理が食べたいわ~って言ってくれていました

引越しの疲れからか、元々貧血もあったので引越し1週間後に倒れてしまいました

引越しの準備やなんだで定期健診も行ってませんでした。後から行った産婦人科での検査でやはり貧血なのでってことでお薬をもらいました。。

その倒れた日でさえ夫は私に酷く言いました・・

丁度、夜ご飯の支度に取り掛かろうとしていた時だったので夜ご飯は作れない状態

夫は食事作りが大の苦手でイライラしたのでしょう

仮病だろ!おまえは専業主婦のくせに何もしない!食べさせてくれれば(結婚は)誰でもいいんだろう!あのヘルパーさんを見習え!(これは家に1度来てくれたヘルパーさんで妊娠7ヶ月の方が居ましたそしてその方は自分の両親と同居しているそうです)同じ子供を育てながら妊娠してああやって働いているんだ!

そう言い、お弁当を買いに行きました。。

私は悲しくて泣いていました

私は掃除や洗濯も毎日きちんとしており、食事も出来合いの物など買わず全て手作りでやっていました。そして臨月の体で末期癌の夫の両親と初めての同居・・心労もかなりありました。。。

次の日、夫から家政婦を雇ったと聞かされました。私が少しでも家事を楽になるようにとの事と私が倒れた時に変わりに家事をしてもらえるからとの話でした

その日から家政婦さんが家にやってきました

ヘルパーの資格も持っているので今まで時間ごとに来ていたヘルパーさんは断りました

でも実際、楽になったのは私ではなく夫でした。1日中(住み込みで)ヘルパーさんが居るのだから夫はその人に任せっきり

両親の荷物が大量で全く片付けられなかったので片付けも頼み、家政婦さんは1日でギブアップしそうなほど大変そうだったので私は「家事は私が全てするのであちらだけお願いします」と言いました

夫は生まれてから家にお手伝いさんが居る生活を送ってきました。中学生になるまでお手伝いさんに顔を洗ってもらっていたそうです

そんな暮らしに慣れてる夫や両親は「使用人」という感じでの扱い。旦那様と言われるのも普通な感じです

私は、母くらいの年齢の人から奥様と呼ばれるのに抵抗があったので下の名前で呼んで下さいとお願いしました。そして使用人ではなく、手伝って頂ける人という感じで謙虚に接しました

そして家政婦さんの食事も私が作っていました

最初の家政婦さんは気持ちはいい人だったのですがあまり仕事の出来る人では無く1週間で別の人に交代してもらいました

次に来た家政婦さん。。この方は1ヶ月ほどお世話になりました。本当に感謝しています

動きにそつがなく、倒れてしまわないかと私が心配になるくらい働いてくれました

時間があれば私の手伝いもしてくれようとしてたので、「こちらは私がやるので休んでください」とお願いするほどでした

私もきちんとやっているのを見てその家政婦さんは褒めてくれました

○○さんは手際はいいしお料理は上手だしすばらしいわね。って

そして何かにつけ○○さんこれはどうしたらいい?○○さんこの事なんだけど・・と雇い主の夫ではなく私を頼ってきていました

結局、お給料の話も私がしたくらいでした(払うのは夫ですが)

私もそんな家政婦さんに打ち解け、家族以外で話ができるのもその人だけでした

夫の虐待や色んな相談も聞いてもらいました

家政婦さんもうちが異様なのには直ぐに気づいたそうです

再婚なんて私が話さなければ分からない事なのに

まず、写真。 夫は結婚してからもずっと夫と二女の写真しか飾っていませんでした

私は何度も夫に皆の写真を飾ろうと言っていました。写真は何枚も撮っているのです

そして子供部屋に飾ってある写真も夫と二女だけ・・長女の写真も飾ってあげてとお願いしていたけど飾ることはありませんでした。。

家政婦さんはまずその写真が不自然だと思ったそうです

それから夫が長女と二女に対する接し方も変だと気づいていました。夫は人前では子供に暴力を振るいません。良い父親という風に振舞うのです。それでも一緒に暮していれば分かるものなんですね

夫が人前で暴力を振るわなくてもお風呂場や子供部屋から怒鳴り声は聞こえます。そして泣いている長女も何度も見ています。更に、二女が嘘を付き夫に報告してそれを夫は長女には何も聞かず一方的に怒っているのも家政婦さんは見ているのです

そして長女は悪くもないのに「ごめんなさいごめんなさい」と泣いて謝っているのも見ています

そして二女の行動。夫の前と夫が居ない時とでは明らかに態度が違っていたそうです

長女に酷い言い方をしたり、長女は何も悪くないのに自分が気に入らないことがあれば「お父さんに言いつけるよ!」と言い、そして長女は「ごめんねごめんね」と謝っていたそうです

何度もそういったことを見て言う事をきいている長女を見て、何故こんなに妹に従うのか、妹に権力があるのかと疑問を抱いていたそうです

家政婦さんはそんな姿を目の前で見て、長女がいたたまれなくなくなって二女に「あら、言いつけるとかそうゆうのは良くないのよ。○○ちゃん(長女)は何もしていないじゃない」と言ってくれたそうです

しかし二女はそんなのは聞きません。そういった事は何度もあったそうです

更に、家政婦さんが私用で携帯から会社に電話して「この家は大変・・」と愚痴をもらしていた所、その後ろで二女がいつの間にか聞いていたらしく二女は家政婦さんにむかって「今の話はお父さんには言い付けないであげる」と言ったそうです

家政婦さんもカチンときて、「あら、別に言ってくださっていいわよ」と言ったそうです

そして別の時、家政婦さんが片付けをしていて(あまりに荷物が多いので) 「あ~大変だわ」って言ったところ、二女は「お手伝いなんだから当たり前でしょ!」と言ったそうです

それから朝食が済んだ後、二女は夫の両親と家政婦さんが居る部屋に行き、「お腹すいた~」と冷蔵庫やお菓子をあさっていたそうです

私はもちろんお腹いっぱいになるようにご飯も用意して食べさせています。それも家政婦さんは知っており、「あら、今ご飯食べたでしょ?」と言うと二女はプイッと出ていくそうです

お隣の家に上がり込んでお腹空いたと言い、そこにあったパンをご馳走になった事もあったそうです

もちろん私も夫もそんな事は知らず(隣に行ってた事すら知りませんでした。その時は二女は外で遊んでいたので)後から長女に聞いて慌てて御礼に行きました

それから私と夫が産婦人科に健診に行った時、家政婦さんに子供達をお願いしていった時の話です

その時、赤ちゃんのベッドが届き(届くことは家政婦さんに言ってありました)指定の場所に置いてもらって業者は帰ったのですが、その業者さんに対しても二女は口は悪く更にはベッドの入ってたダンボールを置いていけと散々ダダをこねたそうです

業者さんも困ってしまい、家政婦さんもダンボールは置いといてとの支持も受けて無く、逆にこんな大きなダンボールは持って帰ってもらうのが妥当と判断してくれて業者さんに持って帰ってもらったそうです

家に戻ってから、夫に聞こえないように家政婦さんから聞いた話です。。

義父はボケているのでたまに現在と過去とが分からなくなります

突然怒ったり怒鳴ったりもします

近くに居た家政婦さんに怒鳴りつけたりした事も度々あり、「使用人のぶんざいで!」とか「勝手に人のうちの冷蔵庫を使うな!」とか「黙って言う事を聞けばいいんだ!」とか色々・・・そんな時は家政婦さんは私の所へ逃げてきていました

私と夫もそんな時はあっちに行かなくていいですよと言っていました。。

私は家政婦さんに虐待やDVも話、出て行くかも知れないことも言っていました

でも家政婦さんに余計な迷惑は掛けられないので、出て行く日は申し訳ありませんが家政婦さんにも黙って行きますね。。と言っていました

それから私が出産で家を留守にする時は長女をお願いしますと頼みました。。

そして出産後、家に戻ると家政婦さんはとても喜び、「あ~○○さんが帰ってきてくれて本当に良かった!○○さんが居ないと何をしていいのか分からなくて。○○さんが居てくれたら百人力だわ!」

ええ、ゆっくりしている暇なんてありません。戻った時から私は普通に家事に追われました

そしてその夜、家政婦さんから「もう、限界だから辞めたい」と言われました・・・

その日も義父が家政婦さんに怒鳴っていたので、きっとそれが嫌なんだろうと思いました

私だって嫌ですもの。そんな事を言われてまで働きたくない。そんな家政婦さんの気持ちは良くわかります

でも私も産後まだ5日。。自分の体が辛かったのも事実です。家政婦さんには申し訳ないけどあと1週間だけ居て欲しいとお願いしました

もちろん、もう義父の世話はしなくていいですと話し、私の変わりに家事のほうをお願いしたいと言いました。(これは夫にも話し、そうしていいわねと確認もとりました)

ですが、夫は義父の世話はせず結局は家政婦さんが「私がやるから大丈夫よ」とやってくれました

なので必然的に家事は私がやっていました

家政婦さんが帰る前の晩・・

私の所にやってきてテレホンカードを何枚かくれました

「買い物にでも出たとき、旦那様の居ない隙があったらお母さんに電話できるように○○さんにあげるわ」と・・

そして辞めたいといった時、理由は教えてくれなかった家政婦さんでしたが最後に話してくれました

「こんな事言うべきではないんだけど・・大旦那様の言い方も確かに嫌だったけど、本当に嫌なのは○○ちゃん(二女)なの。。あの子を見ていると気持ち悪いというか恐ろしいというか・・・」

以前、家政婦さんが勤めた家でこんな子が居たそうです

旦那様とその子供、そして後妻の居る裕福な家だったそうです。その子供は父親の前ではとても良い子でしたが、後妻の前や家政婦さんの前では酷かったそうです。そして家政婦さんに「あんな女お父さんに言って別れさせる事だってできるんだから!」と言っていたそうです

家政婦さんは、二女はその子と似ていると言っていました。そして前に二女から言われた「お手伝いのくせに!」という言葉にも耐えられなかったそうです

60歳近くも離れている子供にそんな事を言われたのは初めてだそうです

そりゃそうですよね。いくら家政婦さんでも一人の人間。奴隷ではないんです。仕事を選ぶ権利もあります。私だっていくらお金をもらってもそんな家で働きたくないです

最後に家政婦さんはこう言いました

「これから○○さん、もっと大変になるわよ。旦那様は今までと同じく何もしてくれないでしょう。。大丈夫?体には気を付けて無理しないでね」

そして次の日に家政婦さんは居なくなりました。。

その人の言った通り、その後は本当に大変でした

夫は 「他人が居ないってのはいいもんだね~」 なんて言っていました

夫は家政婦さんが居ても居なくても何も変わらない(何もしない)からそんな事が言えるのです

産後の体のことなんて全く分からないのです。。。

義母が亡くなった時もすごく良くやってくれて、お香典も頂き、赤ちゃんが生まれた時もレースのハンカチに自分で刺繍してプレゼントしてくださり、出産祝いでお金までもらっていて何のお返しもしていません・・・

私は何度か夫にお返しをと言いましたが、夫は動いてくれませんでした

今、私は働き出したのでお給料が出たら真っ先にお家政婦さんにお礼を送ろうと思っています

住所は分からないので、ネットで会社の住所を調べて。。

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地獄の結婚生活のものがたり

幸せだと思ったのは1ヶ月もなかった私の結婚生活。。。

結婚してすぐに始まっていたDVとモラハラ・・

最初は新婚さんだからベタベタしたいのと、変な嫉妬(妄想)をしている。。愛されているのね(〃▽〃)

なんて思っていた。。

でも私の心は彼の言葉によって深く傷付けられていた

何故、そんな酷いことを言うの?! と、その都度泣いていた

昼間は「愛してるよ」「大好きだよ」と言い、深夜になると毎晩性的強要・・

それを拒むと言葉の暴力が何時間も続く

彼を受け入れても受け入れなくても私の睡眠時間は2時間だった。。

そして私の娘への虐待が始まった・・・

結婚して2ヶ月で私の脳裏に離婚という文字が浮かんできていた。。

その頃、遅れる事のない生理が遅れていた

ああ、妊娠したな。。ってすぐに分かった(そりゃ、毎日の行為で避妊してないのだからそうなる事は必然)

それでも夫を愛していたし、素直に嬉しかった。

夫と一緒に産婦人科に行き、妊娠している事が分かると夫は凄く喜んでいた

しかし、私の頭の中にある不安は消えなかった。。

夫の行動は治らず、二度目の健診の日の朝モラハラによって私が切れた

もう限界!!!別れましょう!!

実家に帰り、離婚の話を進め離婚届けにサインをし、養子離縁の手続きに家裁に二人で行ったり(必要なかったらしい)、区役所に行ったりしていたけど何故か毎日空周りで離婚届は提出できないまま何日か経ち・・・

お腹にできた赤ちゃんの為にもお互い考え直そうという話になり、夫も今までの事を反省して悪かったと言ってくれた

そうして1度目の離婚は回避した。。。

それから間もなくして夫の父親が末期癌で余命半年と宣告された

実は夫のお母さんもその年の春に末期癌で余命宣告を受けてました(義母の余命は1~2年だったそうです)

夫から、「両親と同居して最期を看取りたい」と言われました。

義母は自分が末期癌で余命がどれくらいかも知っていましたが、義父は痴呆の為自分が病気であるのも知りません

その日から同居する家探しが始まりました

最初は都内で探して決まりかけた家はダメになり、そのうち千葉や神奈川と広範囲で探し結局は夫が以前から住みたいと思っていた場所と義母が温泉を希望したのとで伊豆の別荘地にある家を購入

引っ越す時には義母はもう寝たきりになってしまっていた・・

もって1週間。。。そう担当医師に言われていた

そして私は臨月にさしかかろうとしている時期だった

義母の為に。。夫の強い希望で、長女は3学期も終わりの頃に2度目の転校

私も産まれてしまうかもしれない体で引越し、そして受け入れてくれる産婦人科探し

義母は引っ越してから27日目に他界した。。。

そしてその2週間後に出産

虐待はその間ずっとあった。。

出産数日前、立て続けに長女がお風呂から泣いて出てきた

夫から暴力を振るわれたと・・・

私は深夜、夫が寝ている隙に長女を連れて逃げようかと本気で思っていた

そんな気持ちの中、産気づいて出産し数日入院となった

入院中は長女の事が心配で殆んど眠れなかった

長女の顔が見れたのは出産3日後

夫が子供達と義父を連れて来てくれた(夫は毎日来ていた)

そこで夫はいきなり切れて長女の胸ぐらを掴み頭突きをした

理由は長女が発した言葉が気に食わなかったからだという事だったが、私は今までの不安と思いが爆発した

「もうやめて!今すぐ退院して子供を連れて実家に帰ります!!!」 泣きながら訴えた

夫は子供達と義父を先に車に行ってなさいと言い、私と話を始めた

夫は私を宥めた

私は暴力はやめて!と何度も言いました

夫は「分かったよ。もうしない。僕は必ず家族全員幸せにするから安心して」と言い帰って行った。。

その2日後退院。その間も心配で仕方なかった

帰ってから長女に「大丈夫だった?」と聞くと、「うん」とうなずいた。。。

床上げは3週間後と産婦人科の先生に言われていたが、ゆっくり休んでいる暇なんてなかった

ほぼ平屋造りで6部屋とリビングが2つ、おトイレが3つある家の掃除

専業主婦なんだから布オムツでと夫に言われ、赤ちゃんの物も含め洗濯は1日3~4回と大量

おやつは手作りでと夫に言われ作っていました

朝、授乳をしてから朝食作り、子供達を学校に行かせ洗濯と掃除

そしてまた授乳し、義父の朝ご飯の支度、それから夫が起きだし夫の朝(昼)ご飯の支度

また授乳、それからおやつ作り

子供が学校から帰りおやつを皆で食べた後洗濯物をたたみ、夕飯の支度と授乳

子供達がお風呂に入っている時に後片付けをして、それから赤ちゃんをお風呂に入れなんだかんだして赤ちゃんが寝付くのが夜11時頃

それからやっと私と夫がお風呂に入り、深夜12時をまわる

その頃になると夫がお腹が空いたと言ってくる。。

食事をさせ、その後性的強要・・・やっと寝れてもすぐに授乳の時間で赤ちゃんは起きてしまう

なんとか授乳を済ませて眠る。。睡眠時間3時間ない毎日

夫は朝までパソコンをし、昼まで眠る。。

思えば二女の行動が酷くなってきたのも引越しをしてからだった

嘘は多くなり、長女を脅し奴隷のように扱い私が注意しても全く言う事を聞かない

夫は相変わらずの二女ひいき、そして甘やかせ。。

私は何度も夫に「子供を平等に見てあげて」と言いました

夫は平等にしている!と言ってましたが、長女に対する接し方は変わらず、平等にしているのは平等に物を買い与えている事だけ

義父の事も私に任せっぱなしで私は肉体的にも精神的にも限界になっていました。。。

夫に2~3日でいいから実家に帰りたいと話しても聞いてくれませんでした

その1週間後、この生活に耐えられず夫に離婚の話をしました

夫は「出て行くなら1人で出て行け!子供は絶対渡さない!離婚届けを書いて行け!」と言いました

夜中ずっとそんなやりとりがあって私は明け方、空っぽのお財布を1つ持って1人家を出ました・・・

それが産後1ヶ月半頃の事でした。。

雨が降っている山の中を歩き、自殺も考えていました・・・

何時間か泣きながら歩きましたが長女と長男の事を考えると死ねませんでした。。

そしてなんとか埼玉まで戻り、以前から相談に乗ってもらっていた友達の家に行きました

友達の家で1泊させてもらい、その後実家に帰り母と今までの話をしました

その間ずっと長女と長男の事が心配でたまりませんでした。。何故置いて来てしまったのかと自分を責めました

友達や母と話をし、私の気持ちも少し楽になった気がしました

母が夫に電話して長女の様子を探ってくれたのですが(私が居る事は言わず)夫は長女を電話に出してくれる事はしませんでした。。

次の日、私は学校に電話して長女を呼び出してもらい、黙って置いて出てきてしまった事を謝り、必ず迎に行くと話ました

母との話で、長女の気持ちを聞き長女がどうしたいか(埼玉に帰るかそのまま伊豆に居たいのか)を聞き、そのようにしてあげようという事になりました

そして夫に電話して家に戻る事を話し、戻りました。。

家に着くとそこには警察官が居ました

私が子供を誘拐すると言って夫が通報していたのです!

その前に電話で話してた時夫は「帰って来て子供達と皆で話し合おう」と言たので、私は話し合いに戻っただけなのに・・・

夫と警察の前でその事を話し、今後どうするのか話し合いに戻って来ただけと説明しました

その時に警察には今までの事や虐待の事も話しました

警察は誘拐は誤報だと分かって帰っていきました

夫は私が帰って来たので喜んでいました。私にべったりでした

私は長女と話しがしたかったのですが、今まで離れたことのなかった私が突然居なくなってしまったのだからきっと動揺と不安で混乱しているだろうと思い暫く見守ることにしました

そして夫には、今までしてきた長女に対する事を辞めてほしいとお願いし、二女の夫が見ていない所での行動を全て話し、夫からの子供達に対する差別的な態度を改めて欲しいと話ました

夫は 「分かったよ」と。。

それから私は普通に暮しているフリをし、なんとなく平和に暮しているようにも思えてきました

私はそれならそれで良かったと思っていました。赤ちゃんも生まれて、きちんと話合いもしてわだかまりも解けやっと本当の家族になれたんじゃないかと・・・

でも夫の虐待はまた知らない所で始まっていました。。

それを感じてきた頃に私の母が夏休みをとって泊まりに来てくれました

普段、休みなど取らない母。夫の事は初めて会った日から嫌っていたのに何日も休みを取って泊まりに来てくれるなんてよっぽど心配してくれていたのでしょう。。

久しぶりに祖母に会えた長女は大喜び

初めは二女も喜んでたのに、長女がおばあちゃんにべったりな事が気に入らなくなり、夫にまた長女から虐められたと嘘を付き、そして長女の嬉しそうな顔が気に入らなかった夫は更に長女を一方的に叱っていました

私や母の見えない所でやっていても夫や二女の様子がおかしいのには私も直ぐに気づき、なんだか嫌な空気が流れていました

泣きながらお布団に潜っている長女を見た母が私達の部屋に来ました。。

「明日、帰るけど。。うまく行ってるの?なんだか長女が泣いてたみたいだけど何かあったの?」

と、さりげなく聞いてくれました。すると夫は怒り出し

「まるで僕に非があるような言い方ですね!長女には何もしていないし、○○(←私)は嫁に出したんだからお義母さんには言われる筋合いが無い!首を突っ込まないで欲しい!お義母さんのその行動で○○の気持ちが揺れ動いて良くない事を考えていく事が僕には手に取るように分かる!家庭を壊しに来たのか!」

更に母を侮辱するような事まで言いました

母に対してまでそんな態度をとる夫には怒りを通り越して呆れました

そして長女に暴力を振るった後の夫の顔を見れば分かるようになっていた私は、その時も何かあったという事はすでに気づいていました

ああ、嘘までつくんだ。。と思いました

そしてもう終わりにしようと決心したのです

次の日、長女にどうしたいかやっと聞きました。私が家を出た日から2ヶ月が経っていました

長女は、「もうこんな暮らし嫌だ。。埼玉に帰りたい」と話してくれました

そして、夫が買い物に出かけている隙に夫の使用していないもう1つの携帯で警察を呼びました。。。

夫は警察にも私や長女、そして母の事も悪く言いました。。自分のしてきた事は棚に上げて・・・

その日で地獄の結婚生活は終わりました。。。

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痩せます。。

結婚した時の体重

47kg

妊娠が分かった時の体重

48kg

出産直前

63kg (太り過ぎ?w)

産後1ヵ月半後

48kg (精神的に参ってた時期。。その後52kgまで回復)

別居してから今・・・

45kg (過去最高の痩せ)

身長は 163cm 。。。 只今記録更新中~♪

そりゃ痩せますよ。。(´-ω-`)

可愛いBabyちゃんと引き離されて、髪は抗癌剤を飲んだかの如く抜け落ち、夜はあまり眠れず、食事もあまり喉を通らない・・・

仕事に行く時は倒れないように頑張って食べてるけど。。

食べ物を無理矢理口に入れる、噛むんだ!と自分に言い聞かす、そして飲み込め!と脳に指令する

そんな感じで8枚切りのトーストを1枚なんとか胃に納めて出勤

大体、1日1食かな。。

元々好き嫌いも無く、どちらかと言うと大食いだったけどw 今は食べるのが苦痛。。

審判が始まって2週間以上。申し立てをしてからだともう1ヶ月経つ・・

調査官は先週夫の住む家に行ってるはずだけど、こちらには何の連絡も無い

うちには来るのかしら?調査は進んでるのかしら?何を調査してるのかしら?

調査官から小学校からの学歴やら職歴、家族の事まで色々聞かれたけど、小学校から人生を調べられるのか?!

普通だったら他人には言わなくていい事まで言わなければならない。裸を見られているようだ。。(夫婦生活のことまで)

離婚って・・・いや、調停や審判(裁判)って本当に嫌なものですね。。

世界で一番愛してたはずの人が世界で一番の敵になる・・・

お互いを罵り合い、アラを探す

私はそんなの嫌だな。。間違ってるよ。。

私達はただ、離婚をするのに親権をどちらにするのか決められないからそういった機関を利用しているだけなのに・・・

ほんの些細な事ですら酷い悪人のように言われる

なんだこれ?もっと酷い親なんて世の中にはゴロゴロ居ますよ。そして平然と暮してる。

審判の結果が出るまで不安と憂鬱な日々は続くんだろうな。。

私は虐待とDVの事実を伝えただけ。。相手は私を罵ってる。。

何をどう捉えるかは裁判官の裁量次第・・

乳児を母子優先に考えて、家族の協力も得られる私か

虐待やDVは関係無く、協力してくれる身内も無く、現状維持だけの理由で夫か・・・

ネットで判例を見るとそういったケースもあった・・

虐待やDVの事実、私の家族の協力、事件本人は乳児

どう考えても私のほうが有利だとは思う

でも不安は募る。。。

息子の顔を最後に見てからもう2ヶ月が経つんだな・・

「息子は元気ですか?最近はどんな様子ですか?」とメールを送っても夫からの返信は無い

ハイハイ。。。してるだろうな

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DVとモラハラのものがたり

DVとモラハラ。。。それに気付いたのは別居してからだった

被害に遭われた誰もが初めから気付かない

愛してる人だから・・信じている人だから・・・

私もそうだった。。

何故、こんな酷い事を言うんだろう?愛している人にこんな酷い事は言わないのでは?という疑問はあった

でも相手はアメとムチ   そうやってマインドコントロールされて行くのです。。。

私が受けたDVは身体的暴力ではなかった。(だから気付かなかったのかもしれない・・)

まず、監禁(軟禁)

夫は仕事をせず、1日中私と一緒に居ました。基本的に1人で外出する事は許されず、食事の買出しも一緒、お風呂も一緒、もちろん寝るのも一緒でした

ある時、私は夫がまだ寝ていたので近くの郵便局に行きました

夫は私の気配が無い事に気付いて起きたのか、直ぐに携帯が鳴りました

「何所に居るんだ!直ぐに帰って来い!」

私は直ぐに帰りましたが、夫に怒られました

「勝手に居なくなるな!行先を伝えて行け!行くなら一緒に行けばいいだろう!」と。。

それ以来、私がトイレで用をたしていても、洗濯物をベランダに干していても私の姿が見えなくなると夫は私を探していました。。

そして、携帯(外部との連絡)

私は結婚前からその携帯を10年間使っていました(あ、番号のことです)

結婚前、夫からインターネットの解約と携帯にある男性の登録の削除をしなさいと言われ、私は従いました。恋愛感情なんて全く無い男の友達に失礼かと思いましたが、友達には事情を説明して相手の携帯からも私の番号やアドレスは消してもらうようにお願いしました

それなのに私の女友達や母からのメールや電話が鳴ると、「男だろ!浮気しているのか!」と怒られました。

私は携帯を見せると言っても 「そんなもん見たくない!」と言って勝手に怒っていました

私は、親や友人の連絡も嫌がられ、挙句の果てにはその携帯は解約させられました。。

そして、生活費

私は専業主婦、夫は無職だったので収入はありませんが、夫の貯金で暮らしていました

お金の管理は全て夫がしており、買い物も一緒だったので支払も夫がしておりました

私には緊急用としてクレジットカードを1枚持たされました(緊急には現金が必要なんだけど・・・)

保険証も夫が管理。

その他、性的強要も毎日。。。嫌だという行為もさせられていました

私の睡眠時間は毎日2~3時間(夫は明け方から昼まで寝ていました)

そして言葉の暴力・・・

現住所(夫の)に引っ越してからは固定電話も付けてもらえず、別荘地だったので山の中にあり、お店といっても歩いて行ける距離にはありません。夫の車で出掛けないと公衆電話もない所でした。。

夫は表面的には人当りが良く、家庭を大切にし、良い夫・良い父親と見られます(モラハラの特徴です)

何かにつけて人のせいにします。

「仕事ができないのはお前がちゃんと子供を見れないから心配で行けないんだ。」とか「子供にちゃんと愛情を与えていないから悪いんだ」とか「お前は心の病気だからおかしいんだ」とか「離婚、離婚と何度も言って家庭を大切にしないからこうなるんだ」とか「今までろくな男と付き合ってないから本当の愛情が分らないんだ」・・・もっと色々言われました

妊娠中、具合が悪くて寝ていると、「専業主婦のくせに何もしない!」「仮病だろ!」と言われた事もありました

何度か離婚を口にした時、決まって夫は離れたくない、愛してると言います

虐待や暴言について言うと、「もうしない」と言います

そしてその言葉を信じ思いとどまる・・・そしてまた繰り返される

日頃でも夫は私を愛してると言います。優しい時もあります

モラルハラスメントの特徴です

そしてモラハラやDVをする人は自分が加害者だと自覚は無く、言っても気づきません

自己愛性人格障害で、自分が大切で自分のしている事は全て正しく特別な人間だと思っています

自己愛が強いので他人から否定される事は許しません。だから私(や、被害者)からの別れ話は認められないのです

勝ち負けにこだわります。勝つためには手段は選びません。相手が自分に従わない、つまり離婚や別れを言われる事は負ける事であり、そのため相手を激しく憎み破壊しようとします。嫌がらせや酷い言葉もそういった事からだそうです

私(や、被害者)は、夫から言われた言葉によりどんどん自信喪失になっていきます

自分が悪いんだ。もっと頑張らないと。自分はダメな人間だ。私のせいなんだ。。。

相手は加害者という自覚は無く、自分も被害者だと自覚はないのでなかなか気付けないのです

・社会的隔離 ・経済的暴力 ・性的暴力 ・精神的暴力(モラルハラスメント)

これが私の受けたDVです。。

私が気付けたのは、友達や警察の言葉からでした

そう、別居してから。。

今、これを読んでる人で結婚生活中の人が居たら、ささいな事でも友人や家族に相談してください。気付かないうちに被害に遭っているかもしれません。そして早く気付いてください

DVをする人は虐待をします

そしてそれらをする人は必ず繰り返します(治せないそうです)

更に、虐待をする人はいずれ性的虐待に及ぶそうです。。

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虐待のものがたり

虐待が始まったのは結婚して間もなくだった。。

結婚する前に夫は 「僕は子供が大好きだ」とか 「僕には大きな愛情があるから安心して来なさい」と言っていた・・・

実際、結婚前の夫は子供に対して凄くベタベタで、逆に甘やかし過ぎなんじゃないかと思うくらいだった

でもそれは「自分の子」にだけだった。。

キッカケはおそらく夫の連れ子を私の連れ子が虐めたという理由から・・

夜中、夫が子供達の寝ている部屋を見ると私の連れ子(長女)が寝ている夫の連れ子(二女)のお腹を殴っていたということだった(私は寝ていたので見ていない)

話では、二女の寝ぞうが悪く長女のお腹や顔を何度も蹴られたから叩いたということだった

それからの夫は長女の事を暴力的だとか、嘘つき、チンピラ、ヤクザ、どうしようもない悪いやつと言い続けた

何かにつけ長女を睨み、二女がちょっとした失敗をした時でさえ長女に「お前がちゃんと見てないからだ!」とか「人が失敗するのが楽しいのか!」と怒鳴りつけていた

最初は1度のゲンコツ・・

そしてだんだんと何度も殴る、蹴る、首を絞める、胸ぐらを掴んで頭突きをする、髪の毛を鷲掴みにして引っ張る・・・

叱りつける時は必ず2~3時間はやっていました・・・

夫は、長女が嘘しかつかないからだ!言うことを聞かないからだ!お前がそうやって育ててきたから(暴力を振って)そうしないとこいつは効かないんだ!と言っていました

もちろん私は暴力を振って育ててなんかいません

夫は、長女は愛情も受けてなく躾もされてなく育てられたから、自分は愛情を持って躾しているんだと言います

そして、二女は愛情をたっぷり掛けてきちんと躾をしてきたので嘘もつかず優しくて礼儀正しく完璧だと思いこんでます

でも本当は夫の前だけ良い子に振舞い、夫の見ていない所や居ない時は全くの別人のようでした

言葉使いは悪く、長女を奴隷のように扱い、家に来る業者の人や近所の人に対しても礼儀が悪く、自分の思い通りにならなければ嘘泣きをし、夫に長女から虐められたと嘘をつき、それによって長女は夫から殴られ、その傍で二女は踊っていました・・・

長女は夫から意見も反論も許されず、何を言っても「お前は嘘つきだから」と聞いてもらえず、一方的にやられていました

長女の言うことは100%嘘で二女は100%信じています

それを利用した二女は、「お父さんに言いつけるよ」と常に長女を脅し、片付けもやらせ遊ぶのも自分の思い通りになるように長女を扱ってました

私が二女に「そんな事をしてはいけない」と話ても二女は私から離れ、夫の傍に行き、私のほうを見て勝ち誇ったように笑っていました。。

兄弟喧嘩をしている時、長女が二女に対し 「ばか」 と言った時、夫は長女を三山怒鳴りつけ殴りました。そして私に 「兄弟に対して馬鹿なんて発言はあり得ないだろう!どうゆう神経しているんだ!」と怒って言っていました

私は小さい時から姉と喧嘩してもばかと言われていたし、言っていたし、また友達の家に遊びに行ってもそういった兄弟喧嘩も見ているし、普通のことだと思っています。育ってきた環境の違いでしょうか?

虐待はどんどんエスカレートしていきました・・・

お風呂場に入っている時、長女に正座させ 顔を床につけて足で頭を踏みつけたり

また別の日には足で顔を何度も蹴り、長女は口から血を出していても「気持ち悪いんだよ!」と言い放ったらしいです

そして作業用のゴム手袋(表面がボツボツしているやつ)で長女のほっぺを叩き、指の跡がくっきり残る事もありました

それから夜の誰も通らない山の中に長女を1人置き去りにしてきた事もあったそうです

夫は長女に対し、死ね 殺すぞ なども言っていたそうです。そして私に言いつけるような事をすれば追い出すからな!と脅していたそうです・・・

夫は長女に ママを幸せにしてあげられるのは自分しか居ない、お前ではないと言い子供が私に対する思いまで否定と利用をして精神的にも圧力をかけていました

これらの殆どが私の見ていない所で行われており、後になって子供達から聞いた事です

私は長男を妊娠していて、酷い悪阻や貧血で1日寝て過ごす時もありました。そういった時や、子供部屋、3人で出掛けた時(夫と子供達)、お風呂場・・そうやって虐待は行われていました。。。

私は夫に今まで3度離婚の話をしています(子供の虐待の事からです)

暴力はやめて!子供達を平等に見て!と訴えてきました

でも1か月くらい経つとまた虐待は始まってました。。。

そして夫からの虐待に耐えられなくなった長女の気持ちを聞き、夫の居ない隙に警察を呼び虐待の事実を話し、夫との別れ話に立ち会ってもらいました

その日から夫と別居が始まりましたが、当時生後3か月だった長男は絶対渡さないと強く拒否・・・

警察も長時間に渡って赤ちゃんをお母さんに預けなさいと夫を説得してくれましたが、夫は全く聞き入れませんでした

長男の住所がそこにあるという事で法的にも強制で連れてくる事は許されず、警察にも「長女は虐待の事実があるから避難させる事はできても長男は今の所危険性が無いから無理やり連れて行く事はできないんですよ。今日の所は長女だけ連れて実家に戻り、法的に長男を引き取る手続きをしなさい」と言われました。。。

生まれたばかりの赤ちゃんと引き離され、会う事もできず、本当に辛いです・・・

ただ、救われたのは長女が以前のようによく笑うようになりました

それでも長女は心に深い傷を負っているでしょう。。。

 

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調停。1回目

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離婚調停が始まりました

夫と子供が暮らしている住所の管轄の家裁まで自宅から新幹線を使い移動時間2時間半

私は夫と顔を合わせないように、予定時間の30分前に到着

待合室に通され開始までの時間待機していました

時間になり、会議室と書かれた部屋に呼ばれました(調停室は他の方が使っていたようです)

向いに調停員が二人(白髪の紳士で優しそうな男性と品のよさそうな奥様という感じの女性) そして前回から調査を担当してくださっている調査官の方が座ってました

初めに男性の調停員(主にこの方がお話をしていました)が 「大変でしたね」と優しく言ってくださり、私は思わず泣いてしまいました。。

調停を申し立てた際、「別紙」という形で別居に至るまでの経緯、虐待やモラハラ、DVと便箋で6枚書いて付属書類として送っていたので、それを見ての言葉を掛けてくれたようです

そして離婚の意思確認、申し立ての内容の確認です

調停員) 離婚したいという気持ちは変わりませんね?

私) はい

調停員) 申し立てによると、子供の親権と慰謝料、養育費を希望してますが希望額が「相当額」となってます。相当額とはどれくらいですか?

(これは離婚調停の申し立て書に記入する欄があるのですが、額が定まらない場合または分らない場合は相当額と記入するように記入例に書いてあります)

私) 特にお金が欲しいとは思っていません。常識内での養育費の金額を希望してます。慰謝料も今回掛かる訴訟の費用、弁護士費用と子供が受けた心の傷でのメンタルケアの病院代くらいは希望したいです。。

そして私は前回審判終了時に夫からの携帯を返せと言われた事を話しました。

実はその後、夫から再度携帯を返せという言葉と共に、携帯の使用料と私と私の子供の生命保険のお金も払えといったメールがきました(保険の契約者はまだ夫のままです)

生活費は一切貰ってません。私が仕事を始めたばかりでお金に困っている事も承知の上です

この事も調停員に話しました。すると調停員は

調停員) 婚姻費用の分担は知ってますか?弁護士に相談してみたら?

私) はい。。。(私なりに色々調べました。算定方法もあったのですが収入が基本となっていたので計算はできませんでした。夫は無職だからです)

婚姻費用の分担。。夫婦はお互いの生活レベルが同等になるように助ける義務「生活保守義務」があります。収入、その他の事情を一切の事情を考慮して決めます。たとえ別居中であっても夫が妻子に生活費を渡さないのは法的にも許されません。具体的には衣食住の費用、医者料、子供の教育費や養育費、交際費等。

夫は働いてませんが、あと数年は働かずとも生活していける資金があります

それに私と別居してから車を2台現金で購入してます(夫から聞いていた話では車代で350万くらい使っているそうです)

このことからも夫には経済的余裕があるのにも関わらず、私や私の子(まだ夫の子でもある長女)の生活費を渡す余裕は無いと言ったり、更にはお金に困っている私に支払いを迫ってくるのは嫌がらせのほかありません!

私はこのことを話し、20分くらいで夫と交代となりました

待合室で待つ事50分・・・再度私が呼ばれました

調停員) ご主人から話を聞きました。あちらにも言い分があって、意見は食い違っています。今、監護権の指定と保全処分の審判をやっていますよね。調停としてはその結果が出てからしかこれ以上は進める事はできません。

そして前回の事務官も呼ばれ、調査官の調査の時間と審判の結果が出ると予測できる次期に次回の調停をするという話になりました

そして2回目の調停は来年1月の中旬と決まり、調停は終了しました。。

その後夫が呼ばれ、次回の期日を伝えられて夫は帰って行きました

最初に私は夫とは顔を会わせたくない事を告げ、しかし赤ちゃんには会わせて欲しいと調停員にお願いしましたが、夫はその日赤ちゃんをお向かいさんに預けて来たと言っていたそうで、今回も息子の顔を見る事も抱く事もできませんでした・・・

夫はお向かいさんの事を以前悪く言っており、付き合わないようにしようと言っていたのにそれでも預けるなんて、私に会わせないようにしたのでしょう。。本当に酷いです。。

それから調査官との話があるので私は残り、休憩を挟んで調査官との話が始まりました

内容は、私の生い立ち、小学校からの学歴(学校の名前)社会人になってからの職歴や働いた期間、親の職業、私や私の家族で現在過去に借金をした者が居るか、警察に御世話になった人は居るか、結婚生活での私の生活態度(子供の世話や家事)夫の生活態度、虐待やDVモラハラはどのように行われていたか、夫との結婚生活での出来事などを聞かれました

私は今までの出来事を覚えてる限り何月の何日に何があったという事と、夫から言われた言葉や虐待ではこうされてたとか、夫から聞いていた過去の夫の行動(人に暴力を振るったとか何人もの女性を家に連れて来て性交をしたとかの話など)をメモに書き、持って行っていたのでそれも話ました

3時間話して終了しました。。

調査官は最後に 「来週、旦那さんの家に行き調査をします。その後必要であればあなたの家も調査に行かせてください。その時はあなたのお母さんも一緒に居て欲しいので。」と言いました

私は2回目の調停がだいぶ先になる事に少し疑問を抱いていたのでそれを話しました

「次回の審判の期日はまだ決まっていないのでしょうか?(調査官は決まってませんと言いました)保全処分を申し立てているのですがそれはどうなるのですか?(何時決まるのか)」と聞きました

調査官は 「審判(監護権)と保全処分が一緒に言い渡される場合もあります。まだ調査をどこまでするのか、どのくらいの時間が掛かるのかは分りません。もちろん保全処分が先になる事もありますが、調査をして裁判官から審問で呼ばれる事もあります。」

私は子供に会えない辛さと、保全処分を申し立てた理由を話し、なるべく早く保全処分が言い渡されるようにお願いをして帰ってきました。。

これで調停1回目は終了です

私は携帯を今回の調停で返す事を夫にメールしてました。その時に私のPCを持ってきて欲しいとお願いしてありました。私達は調停員を通し、顔を会わさずお互いの物を渡しました

家に着いてPCを立ち上げてみると、そこに入っているはずのデーターが消されていました

PCは結婚する前からの私の私物で、夫は私のネット環境を止めさせ(外部からの連絡や交友は止められてたので)私のPCは本棚の隅に置いてある状態でした

夫との結婚前のやりとりや、結婚した時の写真などもあったのですが全て消されていました・・・

長女の本当の父親が唯一知っている私の携帯も前に解約させ、更に私の思い出まで勝手に消す権利は夫には無い!!!

夫は全て証拠を消したいのでしょう

私は悲しみと怒りでどうしようもありません。。。

最後に調停員は私にこう言いました

「二女の実母と面会が再開したそうです」

・・・・・・・

夫は二女の母親には二女が大きくなるまで会わせないと言っていました。(以前、母子面会の時にそのまま連れ去り、行方をくらませた事があったからだと言ってました)

それなのに何故?! 二女と母親が会える事は素直に良かったと思います。でも言っていた事とは違うし、赤ちゃんが居るので遠く離れた二女の母親が私達の家に来たと思いますが、それはおかしいですよね?!私はまだ妻であって、その家に前の奥さんを勝手に上げる・・・長女の父親との連絡を絶っておいて、自分は会わせる・・・夫の行動が本当に許せません。。。

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